ビブリオ・バルニフィカス感染症(Vibrio vulnificus infection)とは、ビブリオ・バルニフィカスという細菌が引き起こす感染症です。
この細菌は主に海水や汽水(海水と淡水が混じり合った低塩分の水)域に生息しており、汚染された海産物を生食したり、傷口から細菌が侵入したりすることで感染が成立します。
健康な人が感染した場合、多くは無症状か軽度の胃腸炎で済みますが、肝臓病などの基礎疾患を持つ人が感染すると重症化のリスクが高まります。
重症化した際には、敗血症や壊死性筋膜炎などの重篤な病態を引き起こす可能性があり、致死率が’高いです。
ビブリオ・バルニフィカス感染症の種類(病型)
ビブリオ・バルニフィカス感染症には、大きく分けて原発性敗血症、創傷感染、胃腸炎の3つの病型があります。
原発性敗血症
原発性敗血症は、ビブリオ・バルニフィカスが経口的に体内に侵入し、血流に入り込むことで発症します。
この病型は、免疫力が低下している人や慢性肝疾患を持つ人に多く見られ、重症化しやすいのが特徴です。
感染者の半数以上が敗血症性ショックを起こし、死亡率も高くなっています。
感染経路 | 症状 |
経口感染 | 発熱、低血圧、意識障害 |
経口感染 | 皮膚の出血斑、壊死 |
創傷感染
創傷感染は、ビブリオ・バルニフィカスが傷口から体内に侵入することで発症する病型です。
海水や汽水に触れた傷口から感染することが多く、傷口の腫れや痛み、発熱などの症状が現れます。
感染が進行すると、皮膚の発赤や水疱形成が見られ、重症化すると壊死性筋膜炎や敗血症を引き起こすこともあります。
- 傷口の腫れ、痛み
- 発熱
- 皮膚の発赤、水疱形成
- 壊死性筋膜炎、敗血症(重症化した場合)
胃腸炎
胃腸炎は、ビブリオ・バルニフィカスに汚染された食品を摂取することで発症します。
通常は軽症で自然治癒することが多いですが、まれに重症化する場合も。
特に、免疫力が低下している人や慢性肝疾患を持つ人では、敗血症を引き起こすこともあります。
感染経路 | 症状 |
経口感染 | 下痢、腹痛、嘔吐 |
経口感染 | 発熱 |
経口感染 | 敗血症(重症化した場合) |
ビブリオ・バルニフィカス感染症の主な症状
ビブリオ・バルニフィカス感染症の主な症状は、病型によりさまざまです。
原発性敗血症
原発性敗敗血症では、突然の高熱(38℃以上)、悪寒、戦慄、低血圧、頻脈、呼吸困難、意識障害などの症状が現れ、急速に病状が進行します。
症状 | 発現率 |
発熱 | 90-100% |
低血圧 | 50-70% |
意識障害 | 30-50% |
紫斑 | 20-40% |
播種性血管内凝固(DIC) | 20-30% |
重症化すると起こる合併症は、ショック、多臓器不全、播種性血管内凝固(DIC)、急性呼吸窮迫症候群(ARDS)などです。
特に、肝硬変、糖尿病、免疫抑制状態などの基礎疾患がある人は、重症化のリスクが高く、致死率は50-75%にもなります。
創傷感染
創傷感染では、曝露された傷口から感染が成立し、感染部位の発赤、腫脹、疼痛、熱感などの症状が現れ、急速に拡大します。
- 水疱形成
- 皮膚の壊死
- 筋肉の壊死
- リンパ管炎
- リンパ節腫脹
- 発熱(38℃以上)
- 全身倦怠感
感染が進行すると、壊死性筋膜炎や壊死性筋炎を発症し、重篤な経過をたどります。
合併症 | 発現率 |
壊死性筋膜炎 | 30-40% |
壊死性筋炎 | 10-20% |
敗血症 | 20-30% |
壊死性筋膜炎や壊死性筋炎を発症した場合、迅速なデブリードマン(壊死した組織を取り除く処置)と抗菌薬治療が必要です。
時には四肢切断を要することがあり、致死率は20-30%に達し、後遺症として機能障害や醜状痕を残すこともあります。
胃腸炎
胃腸炎では、下痢、腹痛、嘔吐、発熱などの症状が現れます。
症状 | 発現率 |
水様性下痢 | 90-100% |
腹痛 | 60-80% |
嘔吐 | 30-50% |
発熱 | 10-30% |
血便 | 5-10% |
潜伏期間は平均12-24時間です。
多くの場合は2-3日で自然治癒しますが、高齢者や免疫力の低下した人では、脱水や電解質異常を来し、重症化することがあります。
合併症 | 発現率 |
脱水 | 10-20% |
電解質異常 | 5-10% |
敗血症 | 1-5% |
重症化した場合は、敗血症や溶血性尿毒症症候群(HUS)を発症し、致死率は5-10%に達することもあります。
高齢者、免疫不全者、肝硬変患者などのハイリスク群では、重症化のリスクが高いため、注意深い観察と支持療法が必要です。
ビブリオ・バルニフィカス感染症の原因・感染経路
ビブリオ・バルニフィカス感染症は、ビブリオ・バルニフィカスという細菌が原因で、主に経口感染と創傷感染の2つの感染経路によって発症します。
原因菌:ビブリオ・バルニフィカス
ビブリオ・バルニフィカスは、海水や汽水域に生息するグラム陰性の細菌で、海水温が20°C以上の温暖な時期に増殖しやすく、特に夏季に流行しやすいのが特徴です。
ビブリオ・バルニフィカスは、他のビブリオ属細菌と比較して病原性が強く、重症化しやすいことが知られています。
細菌名 | 生息環境 |
ビブリオ・バルニフィカス | 海水、汽水域 |
ビブリオ・バルニフィカス | 水温20°C以上で増殖 |
経口感染
ビブリオ・バルニフィカスに汚染された生ガキや生魚を摂取することで、経口感染が成立します。
この細菌は、胃酸に耐性があり、腸管から体内に侵入することが可能です。
侵入したビブリオ・バルニフィカスは、腸管から血流に入り込みます。
- 生ガキ、生魚の摂取
- 胃酸耐性による腸管からの侵入
- 血流への侵入と敗血症の発症
創傷感染
ビブリオ・バルニフィカスに汚染された海水や汽水に、傷のある皮膚が接触することで創傷感染が成立します。
創傷感染は、傷口の発赤や腫れ、痛みなどの症状を呈し、重症化すると壊死性筋膜炎や敗血症を引き起こすことがあります。
感染経路 | 感染部位 |
創傷感染 | 皮膚の傷口 |
創傷感染 | 局所の感染症 |
感染リスクが高い人
ビブリオ・バルニフィカス感染症は、健康な人でも発症する可能性がありますが、感染リスクが高い人では重症化しやすいです。
- 免疫力が低下している人(高齢者、慢性疾患を持つ人など)
- 肝機能が低下している人(慢性肝疾患、肝硬変など)
- 鉄過剰症の人(ヘモクロマトーシスなど)
診察(検査)と診断
ビブリオ・バルニフィカス感染症の診断は、臨床症状と検査所見を総合的に判断して行われます。
問診と身体所見
ビブリオ・バルニフィカス感染症が疑われる場合、まず詳細な問診を行います。
海水や汽水への曝露歴、生鮮魚介類の摂取歴、基礎疾患の有無などを確認し、感染リスクを評価。
身体所見では、発熱、低血圧、頻脈、意識障害などの全身症状や、皮膚病変、リンパ節腫脹などの局所症状を観察します。
身体所見 | 頻度 |
発熱 | 90-100% |
低血圧 | 50-70% |
皮膚病変 | 30-50% |
血液検査
血液検査では、炎症反応の指標となる白血球数、CRP値の上昇を確認します。
重症例では、血小板減少、肝機能障害、腎機能障害などの臓器障害を反映する異常値を認めることがあります。
血液検査 | 異常値 |
白血球数 | 上昇 |
CRP | 上昇 |
血小板数 | 減少 |
AST/ALT | 上昇 |
クレアチニン | 上昇 |
血液培養検査により、ビブリオ・バルニフィカスを検出することができますが、陽性率は50%程度です。
映像検査
創傷感染が疑われる場合、感染部位の単純X線撮影やCT検査を行います。
皮下気腫や筋肉内のガス像を認めることがあり、壊死性軟部組織感染症を示唆する所見です。
腹部症状を伴う場合は、腹部CT検査により、腸管壁の肥厚や腹水貯留などの所見を確認します。
細菌学的検査
確定診断には、細菌学的検査によるビブリオ・バルニフィカスの分離同定が必要です。
血液、創傷部位、便などの検体を用いて、以下の検査を行います。
- グラム染色
- 血液寒天培地での培養
- 生化学的性状試験
- PCR法による遺伝子検査
ビブリオ・バルニフィカスは、グラム陰性の湾曲した桿菌で、血液寒天培地上で溶血性のコロニーを形成。
生化学的性状試験やPCR法により、菌種の同定を行います。
ビブリオ・バルニフィカス感染症の治療法と処方薬、治療期間
ビブリオ・バルニフィカス感染症の治療は、早期の抗菌薬投与と支持療法が中心で、重症例では集中治療を要することがあります。
抗菌薬治療
ビブリオ・バルニフィカス感染症の治療において、抗菌薬の投与が重要です。
この細菌は、テトラサイクリン系、フルオロキノロン系、第三世代セフェム系などの抗菌薬に感受性を示します。
軽症例では、ドキシサイクリンやシプロフロキサシンなどの経口抗菌薬が選択されることが多いです。
抗菌薬 | 投与経路 |
ドキシサイクリン | 経口 |
シプロフロキサシン | 経口 |
重症例での治療
重症例では、敗血症や壊死性筋膜炎を合併することがあり、より強力な抗菌薬治療と集中治療が必要となります。
抗菌薬は、セフトリアキソンやセフォタキシムなどの第三世代セフェム系抗菌薬の静脈内投与が選択されることが多いです。
また、血圧維持や臓器機能のサポートなどの集中治療も不可欠です。
抗菌薬 | 投与経路 |
セフトリアキソン | 静脈内 |
セフォタキシム | 静脈内 |
外科的治療
壊死性筋膜炎を合併した場合、早期の外科的デブリードマンが必要です。
感染が広範囲に及ぶ場合、複数回のデブリードマンが必要になることもあります。
- 壊死組織の切除
- 感染拡大の防止
- 複数回のデブリードマンが必要な場合あり
治療期間
ビブリオ・バルニフィカス感染症の治療期間は、 軽症例では、7〜14日間の抗菌薬投与で治癒することが多いです。
重症例では、より長期の抗菌薬投与と集中治療を要し、数週間から数ヶ月の入院加療が必要となることがあります。
予後と再発可能性および予防
ビブリオ・バルニフィカス感染症の予後は、早期診断と治療介入により大きく改善しますが、重症例では致死率が高く、後遺症のリスクもあります。
予後
ビブリオ・バルニフィカス感染症の予後
感染型 | 致死率 |
原発性敗血症 | 50-75% |
創傷感染 | 20-30% |
胃腸炎 | 1-5% |
基礎疾患を有する患者さんや高齢者では、重症化のリスクが高く、予後不良となる傾向があります。
宿主因子 | 重症化リスク |
肝硬変 | 高い |
糖尿病 | 高い |
免疫抑制状態 | 高い |
高齢者 | 高い |
重症例では、ショック、多臓器不全、壊死性軟部組織感染症などの合併症を引き起こし、致死率は50%以上に達します。
再発の可能性
ビブリオ・バルニフィカス感染症の再発はまれであり、治療により根治が期待できます。
ただし、いくつかの条件下では再発のリスクが高まります。
- 免疫抑制状態の持続
- 不十分なデブリードマン
- 耐性菌の出現
再発を防ぐためには、基礎疾患のコントロールや、十分な外科的処置、感受性のある抗菌薬の使用が重要です。
予防
ビブリオ・バルニフィカス感染症の予防に必要な対策
- 海水や汽水への曝露を避ける
- 生鮮魚介類の生食を控える
- 手指衛生の徹底
- 創傷の処置と保護
特に、肝硬変、糖尿病、免疫抑制状態などの基礎疾患を有する患者さんは、ハイリスク群として認識し、十分な注意喚起が必要です。
海水浴や釣りなどの海洋レジャーを行う際は、傷のない健康な皮膚を保ち、生鮮魚介類を扱う際は、手袋の着用や調理器具の衛生管理に注意してください。
ビブリオ・バルニフィカス感染症の治療における副作用やリスク
ビブリオ・バルニフィカス感染症の治療においては、抗菌薬の副作用や治療に伴うリスクを考慮することが大切です。
抗菌薬の副作用
治療に用いられるテトラサイクリン系抗菌薬では、胃腸障害や光線過敏症などの副作用、フルオロキノロン系抗菌薬では、腱障害や中枢神経系の副作用があります。
抗菌薬 | 主な副作用 |
テトラサイクリン系 | 胃腸障害、光線過敏症 |
フルオロキノロン系 | 腱障害、中枢神経系の副作用 |
アレルギー反応
抗菌薬に対するアレルギー反応も、治療における重要なリスクの一つです。 ペニシリン系やセフェム系の抗菌薬では、アレルギー反応を起こすことがあります。
抗菌薬 | アレルギー反応 |
ペニシリン系 | アレルギー反応、アナフィラキシーショック |
セフェム系 | アレルギー反応、アナフィラキシーショック |
耐性菌の出現
抗菌薬の乱用や長期投与は、耐性菌の出現を促進します。
- 抗菌薬の乱用
- 長期投与
- 治療の難化
外科的治療のリスク
デブリードマンでは、出血や感染の拡大、臓器障害などの合併症が起こる可能性があります。
また、広範囲のデブリードマンが必要な際、機能障害や美容上の問題が残ることもあります。
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
ビブリオ・バルニフィカス感染症の治療費は、高額になる傾向があります。
初診料と再診料
ビブリオ・バルニフィカス感染症の初診料は、おおむね2,000円から5,000円程度で、再診料は、500円から2,000円程度です。
診療項目 | 費用 |
初診料 | 2,000円~5,000円 |
再診料 | 500円~2,000円 |
検査費
ビブリオ・バルニフィカス感染症の診断には、血液検査、細菌培養検査、画像検査などが必要です。
検査項目 | 費用 |
血液検査 | 5,000円~10,000円 |
細菌培養検査 | 10,000円~20,000円 |
CT検査 | 20,000円~30,000円 |
これらの検査費用は、合計で数万円から10万円以上にもなることがあります。
処置費
ビブリオ・バルニフィカス感染症の治療では、抗菌薬の投与や外科的デブリードマンなどの処置が必要です。
抗菌薬の費用は、数万円から10万円以上、外科的デブリードマンは、数十万円から100万円以上になることもあります。
入院費
重症のビブリオ・バルニフィカス感染症では、入院治療が必要です。
入院費は数万円から数十万円で、入院期間が長引くほど高額になり、集中治療室での管理が必要な場合は、さらに高額になります。
以上
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