深在(しんざい)性真菌症(invasive fungal diseases)とは、私たちの体内に存在している真菌(カビ)が、免疫力が低下したときに体の奥深くの臓器で感染を引き起こす病気です。
この真菌による感染は日和見感染と呼ばれ、もともと健康な人の体内に潜んでいた真菌が原因となります。
免疫力が低下している患者さんや、抗がん剤治療中の方、臓器移植を受けた方などが発症しやすいです。
深在性真菌症の種類(病型)
深在性真菌症にはさまざまな病型が存在し、原因菌や臨床像がそれぞれ異なります。
侵襲性アスペルギルス症
侵襲性アスペルギルス症は、アスペルギルス属の真菌が原因となる感染症で、。 免疫不全の患者さんや血液のがん患者さんで発症するケースが多いです。
肺や副鼻腔に感染が広がり、ときに全身に広がってしまうこともあります。
病型 | 主な原因菌 |
肺アスペルギルス症 | A. fumigatus, A. flavus |
副鼻腔アスペルギルス症 | A. fumigatus, A. flavus |
侵襲性カンジダ症
侵襲性カンジダ症は、血液感染や臓器感染を引き起こし、死亡率の高い病型です。
集中治療室に入院中の患者さんや広域抗菌薬を使用している患者さんがハイリスク群となっています。
クリプトコックス症
クリプトコックス症は、クリプトコックス属の真菌が原因で、肺や中枢神経系に感染することが多く、頭痛や意識障害などの症状が現れます。
HIV感染者の方や臓器移植を受けた患者さんで発症リスクが高いです。
病型 | 主な原因菌 |
肺クリプトコックス症 | C. neoformans, C. gattii |
中枢神経系クリプトコックス症 | C. neoformans, C. gattii |
ニューモシスチス肺炎
ニューモシスチス肺炎は、ニューモシスチス・イロベチー(旧呼称:カリニ)による日和見感染症です。
免疫力が低下した患者さんで発症し、両側びまん性の間質性肺炎を起こします。
HIV感染者や造血幹細胞移植を受けた患者さんがハイリスク群です。
ムーコル症
ムーコル症は、接合菌類のムーコル目に属する真菌による感染症で、主に鼻脳型、肺型、皮膚型に分類され、血管へ強く侵入するため予後が悪いことが知られています。
糖尿病の患者さんや血液のがん患者さんで発症するケースが多いです。
輸入真菌症
- コクシジオイデス症
- ヒストプラズマ症
- ブラストミセス症
これらの輸入真菌症は、特定の地域に分布する真菌が原因です。
日本国内での発症はまれですが、流行地域へ渡航した経験がある場合は考慮に入れる必要があります。
深在性真菌症の主な症状
深在性真菌症の主な症状は、感染した部位や原因となった真菌の種類によって異なりますが、高熱、咳や呼吸困難などの呼吸器症状、頭痛や意識障害などの中枢神経症状が代表的な症状として挙げられます。
発熱
深在性真菌症に感染すると、初期症状として高熱が出ることがあり、感染が進行するにつれて、38度以上の発熱が続きます。
症状 | 頻度 |
38度以上の発熱 | 高い |
37度台の微熱 | 中程度 |
咳・呼吸困難
真菌が肺に感染すると、咳や呼吸困難などの呼吸器症状が現れてきます。
中でも、アスペルギルス属の真菌が原因となる肺アスペルギルス症では、重篤な呼吸不全を引き起こす可能性も。
頭痛・意識障害
真菌が中枢神経系に感染した場合、頭痛や意識障害などの症状が現れます。
クリプトコックス属の真菌が原因のクリプトコックス髄膜炎では、次のような症状が見られることがあります。
- 激しい頭痛
- 嘔吐
- 意識レベルの低下
- けいれん発作
病型 | 主な症状 |
肺アスペルギルス症 | 咳、呼吸困難 |
クリプトコックス髄膜炎 | 頭痛、意識障害 |
皮膚症状
真菌が皮膚に感染すると、皮疹や潰瘍などの皮膚症状が出ることがあり、 カンジダ属の真菌による皮膚カンジダ症では、紅斑や丘疹、膿疱などの症状が見られます。
深在性真菌症の原因・感染経路
深在性真菌症は重篤な感染症であり、原因と感染経路を把握することが予防と適切な対応に欠かせません。
免疫力低下が主な原因
深在性真菌症の主要な原因は患者さんの免疫力低下状態にあります。
がん治療や臓器移植、HIV感染などによって免疫システムが抑制されると、日和見感染として真菌感染のリスクが上昇するのです。
免疫抑制要因 | リスク |
がん治療 | 高い |
臓器移植 | 高い |
HIV感染 | 高い |
医療関連感染としての側面
深在性真菌症は医療関連感染としても問題視されています。
侵襲的な医療処置や広域抗菌薬の使用が、真菌の定着と感染を助長することがあるためです。
- カテーテル挿入
- 人工呼吸器の使用
- 広域抗菌薬投与
医療処置 | 感染リスク |
中心静脈カテーテル | あり |
人工呼吸器 | あり |
尿道カテーテル | あり |
環境からの感染
深在性真菌症の原因菌は環境中に広く存在しています。
特に建設現場や土壌からの胞子の吸入によって感染が成立することが明らかになっており、注意が必要です。
診察(検査)と診断
深在性真菌症を診断するためには、臨床症状や画像検査、血液検査、培養検査など、複数の検査を組み合わせて総合的に判断します。
臨床症状と画像検査による診断
深在性真菌症の患者さんは、発熱、咳、胸の痛みなど、非特異的な症状を示すことが多いため、症状だけでは診断が難しいことがあります。
そのため、胸部レントゲンやCTスキャンなどの画像検査を行い、肺やその他の臓器に真菌感染に特徴的な所見がないかを確認することが必要不可欠です。
血液検査による診断
血液検査では、真菌の細胞壁成分であるβ-D-グルカンやガラクトマンナンの測定が役に立ち、深在性真菌症の患者さんで高い値を示すことが知られています。
また、真菌に特異的な抗体を検出することも、診断に役立つ場合があります。
検査項目 | 感度 | 特異度 |
β-D-グルカン | 高い | 中程度 |
ガラクトマンナン | 中程度 | 高い |
培養検査による確定診断
臨床症状や画像検査、血液検査で深在性真菌症の可能性が疑われるときは、確定診断のために培養検査を行います。
痰や気管支肺胞洗浄液、生検で得られた組織などの検体を用いて、真菌の分離・同定を試みることに。
培養検査は感度が低いものの、陽性となった場合は確定診断ができます。
検体 | 感度 | 特異度 |
喀痰 | 低い | 高い |
気管支肺胞洗浄液 | 中程度 | 高い |
生検組織 | 高い | 高い |
遺伝子検査の役割
最近では、真菌の遺伝子を検出するPCR法などの分子生物学的手法も診断に用いられるようになってきました。
これらの手法は、培養検査よりも感度が高く、迅速に診断できるというメリットがあります。
ただし、コンタミネーションに注意が必要で、結果の解釈には注意が必要です。
- PCR法
- LAMP法
- DNA シークエンシング
深在性真菌症の治療法と処方薬
深在性真菌症の治療では、原因真菌の特定と患者さんの状態評価に基づいた抗真菌薬を選び、また、症例によっては外科的介入も必要になることがあります。
治療の基本は抗真菌薬
深在性真菌症の治療の中心は抗真菌薬の投与です。
真菌の種類や薬剤感受性、患者の臓器機能などを考慮して薬剤を選びます。
抗真菌薬 | 特徴 |
アムホテリシンB | 幅広い抗真菌スペクトラム |
フルコナゾール | 優れた経口吸収性 |
ボリコナゾール | アスペルギルス症に有効 |
カスポファンギン | 優れた安全性 |
外科的処置の重要性
難治性の深在性真菌症では感染巣の外科的除去が必要なこともあり、膿瘍のドレナージや壊死組織のデブリードマンなどの処置が、感染のコントロールに欠かせません。
免疫抑制の解除も重要
深在性真菌症の患者さんでは可能な限り免疫抑制状態を改善することが重要です。
原疾患の治療や免疫抑制薬の減量・中止などを検討し、生体防御能の回復を目指します。
免疫抑制の解除 | 効果 |
免疫抑制薬の減量 | 感染防御能の改善 |
免疫抑制薬の中止 | 感染防御能の回復 |
原疾患の治療 | 全身状態の改善 |
予防投与の位置づけ
高リスク患者では深在性真菌症の発症予防を目的とした抗真菌薬の予防投与が行われることがあります。
- 好中球減少患者
- 造血幹細胞移植患者
- 臓器移植患者
治療に必要な期間と予後について
深在性真菌症は正しい治療を受ければ、多くの患者さんで症状の改善が期待できますが、治療には長い期間を要することが多く、予後は原疾患や免疫の状態に大きな影響を受けます。
治療期間
深在性真菌症の治療期間は、カンジダ症は2〜4週間、アスペルギルス症は6〜12週間、クリプトコックス症では6〜12ヶ月の治療期間が必要です。
原因真菌 | 治療期間 |
カンジダ | 2〜4週間 |
アスペルギルス | 6〜12週間 |
クリプトコックス | 6〜12ヶ月 |
予後に影響する因子
深在性真菌症の予後には、以下のような要因が影響します。
特に、造血幹細胞移植を受けた患者さんや好中球が減少している患者さんは、予後が悪くなりやすい傾向にあります。
予後不良因子 | 予後良好因子 |
造血幹細胞移植 | 早期診断・治療 |
好中球減少 | 免疫抑制の改善 |
広範な感染 | 限局性感染 |
治療反応性の評価
治療への反応は、画像検査や血液検査などで評価します。
治療を始めてから2週間ほどで評価を行い、反応が悪い場合は治療薬の変更や外科的な処置を検討します。
治療の終了目安は、画像所見の改善と臨床症状が軽快することですが、再発のリスクを考えて必要に応じて治療を続けることが大切です。
長期予後
治癒した後も、免疫抑制の状態が続く場合は再発のリスクが高くなります。 免疫抑制薬の調整や予防的な投与などで、再発を防ぐことが必要です。
生活の質を維持向上させるためにも、専門医による定期的な経過観察が欠かせません。
深在性真菌症の治療における副作用やリスク
深在性真菌症の治療を行う際は、副作用やリスクについて十分に理解してください。
抗真菌薬の副作用
抗真菌薬は深在性真菌症の治療に欠かせませんが、副作用のリスクも伴います。
アムホテリシンBは腎毒性や低カリウム血症などの副作用を引き起こしたり、また、アゾール系抗真菌薬は肝機能障害や皮疹などの副作用を起こすことも。
抗真菌薬 | 主な副作用 |
アムホテリシンB | 腎毒性、低カリウム血症 |
アゾール系抗真菌薬 | 肝機能障害、皮疹 |
薬物相互作用のリスク
抗真菌薬は他の薬剤と相互作用を起こすことがあり、注意が必要です。
特に、アゾール系抗真菌薬は多くの薬剤と相互作用を起こすため、併用薬の調整が重要となります。
シクロスポリンとの併用では、シクロスポリンの血中濃度が上昇し、腎毒性のリスクが高まります。
アゾール系抗真菌薬 | 主な相互作用薬剤 |
イトラコナゾール | シクロスポリン、ワルファリン |
ボリコナゾール | シクロスポリン、タクロリムス |
耐性菌出現のリスク
抗真菌薬の長期使用や不適切な使用は、耐性菌の出現につながるリスクがあります。
耐性菌の出現は、治療選択肢の制限や治療効果の低下につながる可能性があり、適切な用法・用量での使用と、耐性菌の監視が大切です。
予防方法
深在性真菌症の予防には、日常生活における注意点と対策が欠かせません。
手洗いの徹底
石鹸と流水でしっかりと手を洗うことが、深在性真菌症予防の基本です。
手洗いのタイミング | 手洗い方法 |
患者に触れる前後 | 石鹸と流水で15秒以上 |
体液や排泄物に触れた後 | 石鹸と流水で30秒以上 |
免疫力の維持・向上
深在性真菌症のリスクが高い患者さんは、免疫力の維持・向上に努めることが大事です。
- バランスの取れた食事
- 十分な睡眠
- 適度な運動
- ストレス管理
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
治療費の内訳
深在性真菌症の治療費は、診断や検査、投薬、入院費用などの項目から構成されています。
項目 | 概算費用 |
診断・検査 | 10〜50万円 |
抗真菌薬 | 数十万〜数百万円 |
入院費 | 数十万〜100万円以上 |
公的医療保険の適用
深在性真菌症の治療は、多くの場合公的医療保険の対象となりますが、それでも高額な費用負担が生じる可能性があります。
- 高額療養費制度の利用
- 医療費控除の活用
- 自治体の医療費助成制度の利用
経済的支援制度の利用
治療費の負担が大きい場合、様々な経済的支援制度を利用できます。
制度 | 概要 |
高額療養費制度 | 月々の医療費の上限額を設定 |
医療費控除 | 年間の医療費が一定額を超えた場合に所得税を軽減 |
自治体の医療費助成 | 各自治体が独自に実施する医療費の助成制度 |
以上
Firacative C. Invasive fungal disease in humans: are we aware of the real impact?. Memórias do Instituto Oswaldo Cruz. 2020 Oct 9;115:e200430.
Casadevall A. Immunity to invasive fungal diseases. Annual review of immunology. 2022 Apr 26;40:121-41.
Lass‐Flörl C. The changing face of epidemiology of invasive fungal disease in Europe. Mycoses. 2009 May;52(3):197-205.
Bongomin F, Ekeng BE, Kibone W, Nsenga L, Olum R, Itam-Eyo A, Kuate MP, Pebolo FP, Davies AA, Manga M, Ocansey B. Invasive fungal diseases in Africa: a critical literature review. Journal of Fungi. 2022 Nov 22;8(12):1236.
Katragkou A, Fisher BT, Groll AH, Roilides E, Walsh TJ. Diagnostic imaging and invasive fungal diseases in children. Journal of the Pediatric Infectious Diseases Society. 2017 Sep 1;6(suppl_1):S22-31.
Pfaller MA, Pappas PG, Wingard JR. Invasive fungal pathogens: current epidemiological trends. Clinical Infectious Diseases. 2006 Aug 1;43(Supplement_1):S3-14.
von Lilienfeld-Toal M, Wagener J, Einsele H, Cornely OA, Kurzai O. Invasive fungal infection: new treatments to meet new challenges. Deutsches Ärzteblatt International. 2019 Apr;116(16):271.
Zhang Z, Bills GF, An Z. Advances in the treatment of invasive fungal disease. PLoS Pathogens. 2023 May 4;19(5):e1011322.
Enoch DA, Yang H, Aliyu SH, Micallef C. The changing epidemiology of invasive fungal infections. Human fungal pathogen identification: methods and protocols. 2017:17-65.
Pana ZD, Roilides E, Warris A, Groll AH, Zaoutis T. Epidemiology of invasive fungal disease in children. Journal of the Pediatric Infectious Diseases Society. 2017 Sep 1;6(suppl_1):S3-11.