腸炎エルシニア – 感染症

腸炎エルシニア(Yersinia enterocolitica )とは、食中毒を引き起こす細菌の一つで、主に汚染された食品や水から感染し、腸に炎症を起こす原因です。

この細菌は低温環境でも増殖可能なため、冷蔵庫内でも繁殖することがあり、特に冬の時期に発生率が上昇する傾向にあります。

感染した際は、熱が出たり、お腹が痛くなったり、下痢になったりするなどの症状が現れ、時には盲腸炎に似た症状(偽アペンディシティス)を示すこともあります。

この記事を書いた人
丸岡 悠(まるおか ゆう)
丸岡 悠(まるおか ゆう)
外科医

1988年山形県酒田市生まれ。酒田南高校卒業後、獨協医科大学(栃木)にて医師免許取得。沖縄県立北部病院、独立行政法人日本海総合病院を経て現職(医療法人丸岡医院)。

腸炎エルシニアの種類(病型)

腸炎エルシニアの主な病型は、腸炎型と腸管外型の2つに分けられます。

腸炎型

腸炎型は、腸炎エルシニア感染症の中で最も多く見られる病型で、主に消化器系に影響を与えます。

この病型では、細菌が小腸や大腸の粘膜に付着し増殖することで、さまざまな消化器症状を引き起こすのが特徴です。

腸炎型の特徴

  • 好発年齢が比較的若い(小児から若年成人)
  • 急性の経過をたどることが多い
  • 自然に治る傾向がある

腸炎型の場合、腸管内で局所的な炎症反応が起こるため、消化器系に限られた症状が中心です。

ただし、重症になったり合併症が加わったりすると、全身に症状が広がることもあります。

腸管外型

一方、腸管外型は腸炎エルシニアが腸管以外の臓器や組織に感染を起こす病型です。

この病型は、腸炎型と比べると発生頻度は低いですが、より深刻な経過をたどる可能性があります。

腸管外型の特徴

特徴詳細
好発年齢中高年に多い
経過慢性化しやすい
症状全身性の症状が出現しやすい

腸管外型では、菌血症や敗血症といった全身性の感染症状が現れることがあり、十分な注意が必要です。

また、特定の臓器や組織に感染が広がることで、さまざまな合併症を引き起こす可能性もあります。

病型による臨床経過の違い

腸炎型と腸管外型では、臨床経過にも大きな違いが見られます。

項目腸炎型腸管外型
発症速度急性亜急性〜慢性
重症度比較的軽症重症化しやすい
自然治癒可能性が高い可能性が低い

腸炎型では、多くの場合、数日から数週間程度で自然に良くなりますが、腸管外型では慢性化や再発のリスクが高く、長期にわたる経過観察が欠かせません。

腸炎エルシニアの主な症状

腸炎エルシニアの腸炎型と腸管外型という2つの主要な病型では、現れる症状が違います。

腸炎型の症状

腸炎型の特徴として、急性の下痢が挙げられ、多くの場合、水様性や粘液性の便が頻繁に排泄されます。

また、腹痛も顕著な症状の一つで、特に右下腹部に強い痛みを感じることがあり、これは虫垂炎(いわゆる盲腸)と間違われることもあるため、注意が必要です。

発熱も一般的な症状で、38度から39度程度の高熱が続くことがあります。

症状特徴
下痢水様性または粘液性
腹痛右下腹部に強い痛み
発熱38〜39度程度の高熱

これらの症状に加えて、吐き気や嘔吐、食欲不振なども見られることがあり、患者さんの体調を著しく悪化させる可能性があります。

腸管外型の症状

一方、腸管外型の症状は多岐にわたり、個人差も大きいです。

例えば、関節炎は腸管外型の代表的な症状の一つで、主に膝や足首、手首などの大きな関節に痛みや腫れが生じます。

また、皮膚症状として、結節性紅斑と呼ばれる赤い斑点や小さなしこりが、主に下肢に現れます。

さらに、まれではありますが、心膜炎や肝炎、脾炎などの内臓の炎症を引き起こすことがあり、これらの症状は重篤化する可能性があるため、早期発見と対応が不可欠です。

年齢による症状の違い

腸炎エルシニアの症状は、患者さんの年齢によっても異なる傾向があります。

年齢層主な症状
乳幼児発熱、下痢、腹痛
学童期虫垂炎様症状
成人腸炎型、腸管外型

乳幼児では主に発熱、下痢、腹痛といった典型的な腸炎症状が見られます。

学童期の子どもでは、虫垂炎に似た症状(偽性虫垂炎)が現れることが多く、診断に注意が必要です。

成人では、腸炎型と腸管外型の両方の症状が見られる可能性があり、個人差が大きいです。

注意すべき合併症

腸炎エルシニアの感染が長引いたり、重症化したりすると、合併症を引き起こすことがあります。

  • 敗血症
  • 腸閉塞
  • 腸管穿孔
  • 腸重積(特に小児)
  • 慢性関節炎

腸炎エルシニアの原因・感染経路

腸炎エルシニアは主に汚染食品を介して感染する細菌性疾患であり、食品管理と衛生対策が感染防止に欠かせません。

腸炎エルシニアの原因菌

腸炎エルシニアの原因菌は、グラム陰性桿菌のエルシニア・エンテロコリチカ(Yersinia enterocolitica)という細菌です。

この菌は低温環境下でも増殖できるという特徴があり、冷蔵庫内でも生き続けることから、食品衛生上の課題となっています。

エルシニア・エンテロコリチカには複数の血清型が存在し、中でも特定の血清型(O:3、O:8、O:9など)がヒトに対して強い病原性を示します。

これらの病原性の高い血清型は、主に動物の腸内に常在しており、特に豚が重要な保菌動物です。

主な感染源と感染経路

腸炎エルシニアの主な感染源と感染経路

  • 汚染された食品(特に豚肉製品)
  • 未殺菌の乳製品
  • 汚染された水
  • 感染した動物との接触

中でも最も頻度が高い感染経路は汚染食品の摂取で、特に豚肉製品が重要な感染源です。

感染源具体例
豚肉製品生ハム、ソーセージ
乳製品未殺菌牛乳、チーズ
野菜汚染水で洗浄された野菜

豚肉製品が主要な感染源となる背景には、豚の腸内にエルシニア・エンテロコリチカが常在しているという事実があります。

と畜場での不適切な処理や、調理時の交差汚染によって、菌が食品に付着し、人間への感染につながる可能性があるのです。

感染のメカニズム

腸炎エルシニアの感染は、主に経口ルートで起こり、汚染された食品や水を口にすると、菌が小腸や大腸の粘膜に付着し、侵入・増殖することで感染が成立します。

感染過程詳細
付着菌が腸管粘膜に付着
侵入粘膜を通過して組織内に侵入
増殖組織内で菌が増殖
炎症免疫反応により炎症が発生

また、この菌が産生するさまざまな毒素や酵素も、感染の進行や症状の発現の要素です。

感染リスクの高い集団

腸炎エルシニアの感染リスクは、特定の集団で高くなっています。

  • 幼児や若年者
  • 高齢者
  • 免疫機能が低下している人
  • 慢性疾患(肝疾患、糖尿病など)を持つ人

これらの集団では、菌の侵入に対する防御機能が弱かったり、感染した際に重症化しやすかったりするため、特別な注意が必要です。

診察(検査)と診断

腸炎エルシニアの診断には、綿密な問診、詳細な身体診察、そして多様な検査を組み合わせた総合的なアプローチが求められます。

問診と身体診察

診断の第一歩は、詳細な問診から始まります。

患者さんの症状、発症時期、食事歴、渡航歴などを詳しく聞き取り、身体診察では、腹部の触診や聴診を行い、腹痛の部位や程度、腸音の異常などを確認します。

また、発熱の有無や皮膚症状の確認も重要です。

血液検査

血液検査は腸炎エルシニアの診断に役立つ大切な検査の一つです。

検査項目主な確認内容
白血球数炎症の程度
CRP炎症反応の強さ
電解質脱水の程度

白血球数の増加やCRP値の上昇は、体内での炎症反応を示唆、また、電解質のバランスを確認することで、下痢による脱水の程度を評価します。

便培養検査

腸炎エルシニアの確定診断には、便培養検査が最も信頼性の高い方法です。

患者さんの便サンプルを特殊な培地で培養し、腸炎エルシニア菌の存在を確認します。

この検査では、菌の同定だけでなく、抗生物質への感受性も調べることができるため、後の治療方針の決定にも有用です。

ただし、結果が出るまでに数日を要するため、迅速な診断が必要な際は他の検査と並行して行います。

血清学的検査

血清学的検査は、患者さんの血液中に腸炎エルシニアに対する抗体が存在するかを調べる検査です。

この検査は、感染後しばらく経ってから陽性になるため、急性期の診断には適していませんが、過去の感染を確認するのに役立ちます。

検査名特徴
凝集反応迅速だが感度が低い
ELISA法高感度だが時間がかかる

画像診断

腹部の画像診断は、腸炎エルシニアの合併症や他の疾患との鑑別に重要です。

行われる画像検査

  • 腹部エコー
  • CT検査
  • MRI検査

これらの検査により、腸管の肥厚や腸間膜リンパ節の腫大、腹水の有無などを確認し、病態の把握に役立てます。

鑑別診断

腸炎エルシニアの症状は、他の消化器疾患と類似していることがあるため、慎重な鑑別診断が必要になります。

特に、虫垂炎、クローン病、潰瘍性大腸炎、サルモネラ感染症などとの鑑別が重要です。

腸炎エルシニアの治療法と処方薬、治療期間

腸炎エルシニアの治療は、抗菌薬による直接的な細菌への攻撃と、患者さんの苦痛をやわらげる対症療法を組み合わせて行われ、年齢や症状の程度に合わせて個別に調整されます。

抗菌薬療法

腸炎エルシニアを退治するための抗菌薬

  • テトラサイクリン系抗菌薬
  • ニューキノロン系抗菌薬
  • セフェム系抗菌薬
  • アミノグリコシド系抗菌薬

薬の選択は、患者さんの体の状態や薬が効くかどうかの検査結果をもとに決められます。

抗菌薬主な使用例
ドキシサイクリン大人の軽い〜中程度の症状の人
シプロフロキサシン重い症状の人や合併症のリスクが高い人
セフトリアキソン子どもや高齢者の重症例

抗菌薬は通常7〜14日間飲みますが、症状の改善具合や合併症の有無によって期間を調整。

重い症状の人や合併症がある人は、点滴で薬を投与することもあります。

対症療法

抗菌薬で菌と戦う一方で、患者さんの苦しい症状をやわらげる治療も大切です。

対症療法の主な目的

目的対策
脱水を防ぐたくさん水分を取る
体内の塩分バランスを保つ経口補水液を飲む
お腹の痛みをやわらげる痛み止めを使う

下痢がひどい時は、体の水分や塩分が失われるのを防ぐため、経口補水液を飲み、症状が重い人は、病院に入院して点滴を受けることもあります。

治療期間と経過観察

腸炎エルシニアの治療期間は、症状が良くなる速さや検査結果を見ながら、一人ひとり個別に決められます。

一般的な治療期間の目安

  • 軽い症状:5〜7日間
  • 中程度の症状:7〜14日間
  • 重い症状:14〜21日間

治療中は定期的に症状をチェックしたり検査をしたりして、治療が効いているか確認することが大切です。

予後と再発可能性および予防

腸炎エルシニアの予後は概して良好ですが、管理と予防策を講じることで、再発リスクを低減します。

予後の一般的傾向

健康な成人では自然に回復することが多く、重篤な合併症を伴わない限り、長期的な健康への影響は限定的です。

ただし、高齢者や免疫力の低下した患者さんでは、より慎重な経過観察が必要となります。

患者群予後の傾向
健康な成人自然回復が多い
高齢者注意深い観察が必要
免疫不全患者合併症のリスクが高い

再発のリスク因子

腸炎エルシニアの再発リスクは、いくつかの要因によって影響を受けます。

主なリスク因子

  • 不適切な衛生管理
  • 免疫機能の低下
  • 慢性的な栄養不良
  • 継続的な汚染源への曝露

長期的な影響と合併症

一部の患者さんでは、腸炎エルシニア感染後に長期的な影響や合併症が見られることがあります。

特に注意が必要なのは、反応性関節炎や結節性紅斑などの自己免疫反応です。

これらの合併症は、初期感染から数週間後に発症することがあり、管理と経過観察が重要となります。

合併症特徴
反応性関節炎関節の痛みと腫れ
結節性紅斑皮膚の赤い結節

予防策の重要性

腸炎エルシニアの再発や新たな感染を防ぐためには、適切な予防策を講じることが不可欠です。

主要な予防策

  1. 食品の正しい取り扱いと調理:特に豚肉製品は十分に加熱する
  2. 手洗いの徹底:食事前や調理時には必ず手を洗う
  3. 安全な水の確保:特に海外旅行時は注意が必要
  4. 生野菜の十分な洗浄:特に土壌由来の汚染に注意
  5. ペットとの接触後の衛生管理:特に犬や猫との接触後は手を洗う

腸炎エルシニアの治療における副作用やリスク

腸炎エルシニアの治療は効果的である一方で、抗菌薬の使用や治療の過程で副作用やリスクが生じる可能性があります。

抗菌薬療法に伴う副作用

腸炎エルシニアの治療で使用される抗菌の副作用は、薬剤の種類や投与量、患者さんの体質などによって異なります。

  • 消化器症状(悪心、嘔吐、下痢)
  • アレルギー反応(発疹、かゆみ)
  • 肝機能障害
  • 腎機能障害
  • 光線過敏症

特に、テトラサイクリン系抗菌薬やニューキノロン系抗菌薬では、これらの副作用が比較的高頻度で見られることがあります。

抗菌薬主な副作用
ドキシサイクリン光線過敏症、消化器症状
シプロフロキサシン腱障害、中枢神経系症状
セフトリアキソンアレルギー反応、肝機能障害

副作用は、多くの場合一過性であり、薬剤の中止や減量により改善することがありますが、時に重篤な状態に陥ることもあるため注意が必要です。

耐性菌の出現リスク

抗菌薬の乱用や、長期間の投与により、腸炎エルシニア菌が抗菌薬に対して耐性を獲得する可能性があります。

耐性菌の出現による問題

問題影響
治療効果の低下既存の抗菌薬が効かなくなる
治療期間の延長入院期間が長くなる
医療費の増加新たな抗菌薬の使用が必要になる

耐性菌の出現を防ぐためには、抗菌薬の選択と投与期間の遵守が重要です。

腸内細菌叢の乱れ

抗菌薬の使用は、腸内の正常な細菌叢にも影響を与える可能性があります。

腸内細菌叢の乱れによる問題

  • 二次感染(例:Clostridioides difficile感染症)
  • 消化器症状の悪化
  • 栄養吸収の低下
  • 免疫機能の低下

薬剤相互作用のリスク

腸炎エルシニアの治療に使用される抗菌薬は、他の薬剤と相互作用を起こす可能性があります。

薬剤相互作用により生じる問題

  • 抗菌薬の効果減弱
  • 他の薬剤の効果増強または減弱
  • 副作用の増強

特に高齢者や複数の疾患を抱える患者さんでは、薬剤相互作用のリスクが高くなるため、注意深い薬剤管理が必要です。

免疫反応関連のリスク

まれではありますが、腸炎エルシニアの治療過程で免疫反応関連の合併症が生じることがあります。

  • 関節炎
  • 結節性紅斑
  • 血管炎

合併症の原因は、感染そのものや治療に対する免疫系の過剰反応によるものです。

治療費について

治療費についての留意点

実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。

初診・再診料

初診料は2,880円、再診料は730円が基本です。

検査費用

便培養検査が約2,000円、血液検査が約3,000円です。

検査項目費用
便培養2,000円
血液検査3,000円

処置・投薬費用

点滴処置が1回約5,000円、抗生物質の処方が約1,000円/日です。

入院費用

入院費用は1日あたり約20,000円で、平均入院期間は5〜7日です。

項目費用
入院費/日20,000円
平均入院期間5〜7日

以上

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