インフルエンザ脳症 – 脳・神経疾患

インフルエンザ脳症(influenza-associated encephalopathy)とは、インフルエンザウイルス感染に伴って発症する重篤な脳障害です。

症状は、突然の高熱、意識レベルの低下、けいれん発作、異常行動(意味不明な言動、激しい興奮状態など)、嘔吐、頭痛などが挙げられます。

特に乳幼児や高齢者で発症リスクが高く、早期発見と対応が予後を大きく左右します。

この記事を書いた人
丸岡 悠(まるおか ゆう)
丸岡 悠(まるおか ゆう)
外科医

1988年山形県酒田市生まれ。酒田南高校卒業後、獨協医科大学(栃木)にて医師免許取得。沖縄県立北部病院、独立行政法人日本海総合病院を経て現職(医療法人丸岡医院)。

インフルエンザ脳症の主な症状

インフルエンザ脳症の症状は、突然の高熱と意識障害から始まり、けいれんや昏睡など重篤な状態に進行します。

急性期の主要症状

インフルエンザ脳症の急性期で見られるのは、急激な発熱と意識レベルの低下です。

体温は通常40度以上に上昇し、患者さんは周囲の状況に反応できなくなります。

神経学的症状の進行

症状が進行すると、全身性のけいれんが持続的に発生し、通常の治療に抵抗性を示します。

重症例では意識レベルがさらに低下し、昏睡状態に陥ることも。

症状特徴
発熱40度以上の高熱
意識障害軽度の混乱から昏睡まで
けいれん全身性、持続的

呼吸・循環器系への影響

インフルエンザ脳症は中枢神経系だけでなく、呼吸・循環器系にも深刻な影響を及ぼします。

呼吸不全や循環不全が生じ、血液中の酸素飽和度の低下や血圧の変動が観察されます。

さらに重症例で起こる可能性があるのは、多臓器不全です。

その他の随伴症状

インフルエンザ脳症では、次のような症状を併発することがあります。

  • 嘔吐
  • 下痢
  • 腹痛
  • 筋肉痛

消化器症状や全身症状はインフルエンザウイルス感染に伴う症状と重なり、脳症の進行に伴い悪化します。

症状の経過

インフルエンザ脳症の軽症例では数日で回復する患者さんもいますが、重症例では急速に症状が悪化し、数時間から数日で致命的な状態に陥ることもあります。

重症度経過
軽症数日で回復
重症数時間〜数日で致命的状態

インフルエンザ脳症の原因

インフルエンザ脳症の原因は、インフルエンザウイルス感染後に誘発される過剰な免疫応答と、脳の炎症反応および浮腫形成です。

インフルエンザ脳症の病態生理

インフルエンザウイルスの感染を契機として免疫系が過剰に活性化され、炎症性サイトカインの異常産生が起き、脳内環境の安定性を損います。

一連の過程で、脳細胞の代謝障害や酸化ストレスの増大が生じ、神経細胞の機能不全や脳浮腫の形成へと進展していく可能性が高まるのです。

遺伝的素因と環境因子の相互作用

インフルエンザ脳症の発症リスクには、遺伝的背景も関係しています。

特定の遺伝子多型があると、ウイルス感染時の免疫応答や炎症反応を制御する機構に異常をきたします。

遺伝子関連する機能
TLR3ウイルス認識受容体
CPT2ミトコンドリア脂肪酸代謝

さらに関係しているのは、免疫の低下を起こす要因になる、栄養状態、慢性的ストレス、睡眠不足などの環境要因です。

ウイルスの直接的作用と全身性代謝異常の二次的影響

インフルエンザウイルスが直接脳実質に侵入するケースはあまりなく、ウイルス粒子やウイルス由来のタンパク質が血液脳関門を通過し、神経細胞に障害を与えます。

加えて、インフルエンザ感染に伴う全身性の代謝異常が、間接的に脳機能に悪影響を及ぼすことが明らかになってきました。

  • 高サイトカイン血症
  • 低酸素血症
  • 電解質異常
  • ミトコンドリア機能障害

年齢によるリスク

インフルエンザ脳症は、特に小児において発症リスクが高いです。

年齢層リスク要因
乳幼児免疫系の未成熟、代謝能力の制限
高齢者基礎疾患の存在、免疫機能の低下

小児の脳は発達過程にあり、外的刺激や代謝変動に対する脆弱があり、また、代謝酵素系の未熟性や脳のエネルギー需要の高さも、インフルエンザ脳症の発症リスクを上昇させます。

診察(検査)と診断

インフルエンザ脳症の診断は、患者さんの臨床症状の観察、神経学的検査、画像検査、および髄液検査などを通じて行います。

臨床診断

インフルエンザ脳症の臨床診断は、患者さんの症状と経過の観察から始まり、急激な発熱と意識障害やけいれんの有無を確認していきます。

神経学的検査

神経学的検査では、患者さんの意識レベル、反射、運動機能、感覚機能を評価していきます。

Glasgow Coma Scale(GCS)という国際的に標準化された評価尺度を用いて意識レベルを定量化することが標準です。

評価項目内容
開眼反応自発的〜反応なし
言語反応見当識あり〜反応なし
運動反応指示に従う〜反応なし

画像診断

脳のCTやMRIは、インフルエンザ脳症の診断において非常に重要です。

画像検査により、脳浮腫(脳の水分含有量が増加し、腫れている状態)や脳実質の変化を視覚化することができます。

特にMRIのDWI(拡散強調画像)は、早期の脳障害を高感度で検出するのに有用です。

髄液検査

髄液検査は、中枢神経系の感染や炎症の有無を判断するために実施する検査です。

インフルエンザ脳症では、髄液中の細胞数増加や蛋白増加が見られることがあり、診断の手がかりとなります。

さらに、髄液中のサイトカイン(免疫系で働く物質)レベルの上昇も診断の参考になるため、分析が行われます。

血液検査

血液検査では、以下の項目を確認していきます。

  • 血球計算(白血球、赤血球、血小板の数や割合)
  • 電解質バランス(ナトリウム、カリウムなどの濃度)
  • 肝機能・腎機能(AST、ALT、クレアチニンなどの値)
  • 凝固機能(PT、APTTなどの指標)
  • 炎症マーカー(CRP、フェリチンなどの値)

検査結果は、インフルエンザ脳症の重症度評価や他の神経疾患との鑑別に役立ちます。

確定診断のプロセス

インフルエンザ脳症の確定診断には、高精度なウイルス学的検査が必要です。

鼻咽頭ぬぐい液や気管吸引液を用いた迅速抗原検査やPCR検査により、インフルエンザウイルスを確認します。

検査方法特徴結果判定時間
迅速抗原検査短時間で結果が得られる約15〜30分
PCR検査高感度だが時間を要する数時間〜1日

インフルエンザ脳症の治療法と処方薬、治療期間

インフルエンザ脳症の治療では、抗ウイルス薬の投与、脳浮腫への対策、抗けいれん薬の使用などを組み合わせ、1~2週間程度継続して行います。

早期発見と素早い治療開始の重要性

インフルエンザ脳症の予後(病気の経過や結果)を改善するには、できるだけ早く病気を発見し、直ちに治療を開始することが重要です。

症状が急速に悪化する可能性を考慮し、インフルエンザ脳症が疑われる場合には、すぐに入院して24時間体制の集中治療を始めます。

発症初期の段階で適切な治療を行うことで、脳へのダメージの進行を抑え、後遺症のリスクを減らせます。

抗ウイルス薬による治療

インフルエンザウイルスの増殖を抑えるため、抗ウイルス薬を使用します。

薬剤名投与方法
オセルタミビル内服薬
ペラミビル点滴静注

抗ウイルス薬は、ウイルスの増殖サイクルを阻害し、体内のウイルス量を減少させる効果があります。

脳浮腫対策と頭蓋内圧上昇の管理

インフルエンザ脳症の治療では、脳浮腫を軽減し、頭蓋内圧(頭の中の圧力)の上昇を管理します。

  • ステロイド薬(メチルプレドニゾロンなど)の大量投与
  • 浸透圧利尿薬(マンニトールなど)の使用
  • 低体温療法の実施
  • 必要に応じた髄液ドレナージ(脳脊髄液の排出)

治療法を組み合わせることで、脳浮腫の進行を抑え、脳組織の二次的な損傷を最小限に抑えることが目標です。

けいれん発作への対応と神経保護

けいれん発作の予防と管理も、重要な治療の一つです。

抗けいれん薬特徴
フェノバルビタール長時間作用型
ミダゾラム短時間作用型

発作の程度に応じて薬剤を選択し、また、脳を守る目的で、エダラボンなどのフリーラジカル除去薬(体内の有害物質を取り除く薬)の使用も検討します。

全身管理とサポート治療

インフルエンザ脳症の治療では、脳への直接的な治療に加えて、全身状態の管理も非常に大切です。

呼吸・循環の管理、体内の電解質バランスの維持、栄養管理などを含む総合的なサポート治療を行います。

必要に応じて人工呼吸器の使用や持続的血液濾過透析(CHDF)といった高度な集中治療も実施します。

治療期間と経過観察

インフルエンザ脳症の急性期の治療は、1~2週間程度です。

症状の改善や画像検査による脳の状態変化を評価しながら、治療の強度や期間を調整していきます。

急性期を過ぎた後も、数か月にわたる外来での定期的な経過観察と、リハビリテーションの継続が大切です。

インフルエンザ脳症の治療における副作用やリスク

インフルエンザ脳症の治療は、抗ウイルス薬、ステロイド、免疫グロブリン製剤などの使用を伴い、薬剤には様々な副作用やリスクがあります。

抗ウイルス薬の副作用

抗ウイルス薬はインフルエンザウイルスの増殖を抑制するために使い、副作用のリスクが伴います。

オセルタミビルやザナミビルでは、消化器症状や神経精神症状が報告されており、注意深い観察が大切です。

薬剤名副作用注意点
オセルタミビル嘔吐、下痢脱水に注意
ザナミビル気管支痙攣喘息患者さんに注意

副作用は通常一過性であるものの、患者さんの年齢や既往歴によっては重大な影響を及ぼす可能性があります。

ステロイド療法のリスク

ステロイドは脳浮腫の軽減に効果がありますが、長期使用や高用量投与には細心の注意が必要です。

ステロイドの副作用

  • 免疫機能の低下(感染症にかかりやすくなる)
  • 消化性潰瘍(胃や十二指腸に傷ができる)
  • 高血糖(血液中の糖分が増える)
  • 骨粗鬆症(骨がもろくなる)

免疫グロブリン療法の注意点

免疫グロブリン製剤は、アレルギー反応や血栓症のリスクがあります。

副作用対策監視項目
アナフィラキシー投与前の皮内テスト呼吸状態、血圧
血栓症慎重な投与速度管理四肢の腫脹、疼痛

高齢者や腎機能障害のある患者さんでは、注意深いモニタリングが重要です。

脳圧降下療法のリスク

マンニトールなどの浸透圧利尿薬は脳圧を下げる効果がありますが、同時に電解質異常や腎機能障害のリスクも伴います。

過度の脳圧降下は脳血流を減少させ、かえって脳障害を悪化させる可能性もあるため、脳圧と脳血流のバランスの管理が大切です。

治療法目的リスク
脳圧降下療法脳浮腫の軽減電解質異常、腎障害
体温管理発熱による脳障害防止過度の体温低下
人工呼吸器管理呼吸サポート肺炎、気胸

解熱剤の副作用

アセトアミノフェンなどの解熱剤には、肝毒性のリスクがあります。

人工呼吸器管理のリスク

重症例では人工呼吸器管理を行い、人工呼吸器関連肺炎や気胸(肺に穴が開き、胸腔内に空気がたまる状態)などの合併症に注意が必要です。

合併症の早期発見のために、定期的な胸部X線検査や痰の培養検査を行います。

長期の人工呼吸器管理は筋力低下や廃用症候群(長期間の安静により体の機能が低下すること)のリスクも高めるため、早期からのリハビリテーションの導入を検討します。

治療費について

治療費についての留意点

実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。

入院費用の内訳

インフルエンザ脳症の治療費用

項目概算費用(1日あたり)
集中治療室使用料5万円~10万円
人工呼吸器管理料3万円~5万円

さらに、薬剤費や検査費用が追加されます。

薬剤費

治療に使用される主な薬剤の概算費用

  • 抗ウイルス薬(オセルタミビル) 約1,500円/日
  • ステロイド薬(メチルプレドニゾロン) 約3,000円/日
  • 抗けいれん薬(フェノバルビタール) 約500円/日

検査にかかる費用

検査概算費用
MRI検査2万円~3万円/回
脳波検査5,000円~1万円/回

以上

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