腹部アンギナ(慢性腸間膜動脈虚血症) – 消化器の疾患

腹部アンギナ(慢性腸間膜動脈虚血症)(Abdominal Angina, Chronic Mesenteric Ischemia)とは、腸間膜動脈の狭窄や閉塞により腸への血流が減少し、腹痛や体重減少などの症状が現れる病気です。

動脈硬化や血栓などが原因で起こることが多く、特に高齢者や喫煙者、高血圧や糖尿病などの生活習慣病を持つ方に多く見られます。

早期発見・早期治療が非常に重要となりますので、慢性的な腹痛や食事後の腹部不快感、体重減少などの症状が見られる場合は、速やかに医療機関を受診することが大切です。

この記事を書いた人
丸岡 悠(まるおか ゆう)
丸岡 悠(まるおか ゆう)
外科医

1988年山形県酒田市生まれ。酒田南高校卒業後、獨協医科大学(栃木)にて医師免許取得。沖縄県立北部病院、独立行政法人日本海総合病院を経て現職(医療法人丸岡医院)。

腹部アンギナ(慢性腸間膜動脈虚血症)の主な症状

腹部アンギナ(慢性腸間膜動脈虚血症)の症状の特徴は、食事の後に腹痛や腹部の不快な感覚が現れることです。

食後に現れる腹痛・腹部の不快感

腹部アンギナでは、食事をした後に腹痛や腹部の不快感が出現します。

これは、食事をすることで腸管により多くの血流が必要とされるにもかかわらず、腸間膜動脈の狭窄や閉塞が原因で、十分な血液の供給がなされないために起こります。

症状特徴発症のタイミング
腹痛強い痛み食後に生じる
腹部の不快感不快な感覚食後に生じる

体重が減少してしまうことがある

腹部アンギナの患者さんの中には、食事の際に腹痛や不快感が生じることから食事の量が減ってしまい、体重が減少してしまうことがあります。

特に高齢の方では、体重減少により全身の状態が悪くなり、QOL(生活の質)が低下してしまう可能性があるので注意が必要です。

消化器系の症状

症状頻度重症度
吐き気や嘔吐比較的まれ軽度から中等度
食欲が減退する比較的多い軽度から重度
下痢・便秘比較的まれ軽度から中等度

虚血による変化

虚血の程度が高度な場合には、腸管が壊死してしまうこともあるため、十分な注意が必要となります。

虚血の程度起こりうる変化重症度
軽度粘膜の変化軽度
中等度粘膜下層の変化中等度
高度腸管壊死重度

食後に腹痛が生じたり、体重が減少したりするような症状がある場合は、医療機関での診断を受けるようにしてください。

腹部アンギナ(慢性腸間膜動脈虚血症)の原因

腹部アンギナ(慢性腸間膜動脈虚血症)は、腸間膜動脈の狭窄や閉塞により、腸管への血流が低下することで発症します。

腸間膜動脈の狭窄や閉塞を引き起こす主な原因

腸間膜動脈の狭窄や閉塞を引き起こす主な原因は、動脈硬化です。

動脈硬化は、加齢や生活習慣などの影響で、動脈壁にコレステロールなどの脂質が蓄積し血管内腔が狭くなる病態を指します。

動脈硬化のリスク因子

リスク因子説明
高血圧血圧が高いと、動脈壁に負担がかかり動脈硬化が進行しやすくなります。
喫煙タバコに含まれる有害物質が、動脈壁を傷つけ動脈硬化を促進します。
糖尿病高血糖状態が持続すると、動脈壁が傷つき動脈硬化が進行します。
高脂血症血中のコレステロールや中性脂肪が高いと、動脈壁に蓄積しやすくなります。

腸間膜動脈の狭窄や閉塞を引き起こすその他の原因

動脈硬化以外にも、血管炎や血管奇形、外傷などが原因となることがあります。

腹部アンギナの原因説明
動脈硬化加齢や生活習慣の影響で動脈壁に脂質が蓄積し、血管内腔が狭くなる病態。
血管炎血管の炎症により、血管壁が肥厚し、内腔が狭くなる病態。
血管奇形先天的な血管の形成異常により、血流が低下する病態。
外傷事故などによる腸間膜動脈の損傷により、血流が低下する病態。

腹部アンギナを発症するしくみ

腸間膜動脈の狭窄や閉塞により腸管への血流が低下すると、腸管が虚血状態(血流不足による酸素や栄養の供給不足)に陥ります。

虚血状態が持続すると、腸管粘膜が傷つき、炎症が生じます。

この炎症により、腹痛や食欲不振などの症状が出現します。

段階説明
第1段階腸間膜動脈の狭窄や閉塞により、腸管への血流が低下する。
第2段階腸管が虚血状態に陥り、腸管粘膜が傷つく。
第3段階腸管粘膜の炎症により、腹痛や食欲不振などの症状が出現する。

腹部アンギナの危険性

腹部アンギナは、放置すると重篤な合併症を引き起こす危険性があります。

主な合併症

合併症説明
腸管壊死虚血状態が長期間続くと、腸管が壊死に陥ります。
腸管穿孔虚血により傷ついた腸管に穴が開き、腹膜炎を引き起こします。
敗血症腸管壊死や穿孔により、細菌が血流に入り込み、全身に感染が広がります。

診察(検査)と診断

腹部アンギナ(慢性腸間膜動脈虚血症)の診断では、画像検査や血管造影検査などを実施します。

問診・身体診察

問診では、食事を摂取してからどのくらいの時間が経過した後に症状が出現するのか、症状はどの程度の時間持続するのか、体重が減少していないかなどを確認していきます。

腹部の触診や聴診、直腸診なども状態に応じて実施し、腹部の血流が低下していることを示唆するような所見がないかどうかをチェックしていきます。

画像検査

検査名調べること
腹部超音波検査腸間膜動脈の狭窄や閉塞の有無
腹部CT検査腸管壁の肥厚や腸間膜動脈の石灰化の有無
腹部MRI検査腸管壁の浮腫や炎症の有無
腹部血管造影検査腸間膜動脈の狭窄や閉塞の程度

また、造影剤を用いたCT検査では、腸間膜動脈の狭窄や閉塞を詳しく調べることができます。

血管造影検査による確定診断

腹部アンギナの確定診断には、血管造影検査が必要不可欠な検査となります。

この検査では、カテーテルを用いて腹腔動脈や上腸間膜動脈、下腸間膜動脈の狭窄や閉塞の程度を評価していきます。

以下のような所見が認められた場合には、腹部アンギナである可能性が高いと判断されます。

  • 腹腔動脈や上腸間膜動脈、下腸間膜動脈の狭窄や閉塞が認められる
  • 側副血行路(本来の血管以外の経路で血液が流れる血管)の発達が認められる
  • 腸管壁への造影剤の取り込みが低下している

腹部アンギナ(慢性腸間膜動脈虚血症)の治療法と処方薬、治療期間

腹部アンギナ(慢性腸間膜動脈虚血症)の治療では、血流の改善と疼痛管理を主な目的とし、薬物療法、外科的治療、血管内治療などを行います。

薬物療法

薬物療法では、血管拡張作用のあるニトログリセリン、血小板の凝集を抑えるシロスタゾール、血液の凝固を防ぐワルファリンなどを使用し、腸間膜動脈の血流改善を目指します。

また、痛みを和らげるための鎮痛薬も処方する場合があります。

薬剤名作用
ニトログリセリン血管を拡げる
シロスタゾール血小板の凝集を抑える
ワルファリン血液の凝固を防ぐ
鎮痛薬痛みを和らげる

外科的治療

薬物療法で満足な効果が得られない場合や、腸管壊死のリスクが高い場合には、外科的治療を検討します。

治療法概要
腸間膜動脈バイパス手術狭窄や閉塞した血管を迂回するための新しい血管を作る
狭窄部位の切除・再建術狭くなった部分を切除し、残った血管をつなぎ合わせる

外科的治療の適応

  • 薬物療法で症状が十分に改善しない時
  • 腸管壊死のリスクが高い時
  • 腸間膜動脈の狭窄や閉塞が広い範囲に及ぶ時

血管内治療

体への負担が少ない、血管内治療も腹部アンギナの治療選択肢の一つとなっています。

カテーテルを使って血管形成術(PTA)やステント留置術などを行い、狭窄や閉塞した腸間膜動脈の血流を改善させます。

治療法概要
経カテーテル的血管形成術(PTA)風船のようなものでカテーテルの先端から狭い部分を広げる
ステント留置術金属製の網目状の筒(ステント)を血管内に留置し、血管を広げた状態に保つ

血管内治療は外科的治療と比べて体への負担が少なく、高齢の方や他の病気を持っている患者さんにも適応できる場合があります。

ただし、病変の位置や範囲によっては血管内治療が難しく、外科的治療が選択されることもあります。

治療期間

腹部アンギナの治療期間は、薬物療法の場合、症状が改善するまでには数週間から数ヶ月かかることが多いです。

一方、外科的治療や血管内治療では、術後の回復期間が必要ですが、症状の改善は比較的早期に得られる傾向にあります。

治療後は定期的な診察や画像検査を行い、症状の再発や病気の進行がないかを確認します。また、必要に応じて追加の治療を行うケースもあります。

腹部アンギナ(慢性腸間膜動脈虚血症)の治療における副作用やリスク

腹部アンギナ(慢性腸間膜動脈虚血症)の治療には、血管拡張薬による血圧低下や、手術による出血、感染、麻酔のリスクなどがあります。

薬物療法に伴う副作用

血管拡張薬には、頭痛や低血圧、めまいなどの副作用が報告されています。

また、抗血小板薬や抗凝固薬の投与により、出血のリスクが高まることがあります。

薬剤の種類主な副作用
血管拡張薬頭痛、低血圧、めまいなどの症状が現れる
抗血小板薬出血傾向が増加する
抗凝固薬出血傾向が増加する

外科的治療に伴うリスク

バイパス手術や血管形成術などの侵襲的な治療では、術後の感染症、出血、血栓形成、臓器の虚血性障害といった合併症が生じる可能性があります。

外科的治療法起こりうる合併症
バイパス手術術後の感染症、出血、血栓形成など
血管形成術術後の感染症、出血、血栓形成など

長期的な合併症のリスクについて

腹部アンギナの治療後も、長期的な合併症のリスクに注意が必要です。

治療によって血流が改善されたとしても、腸管の虚血性変化が完全に回復しない場合があり、腸管の線維化や狭窄、重度の虚血により腸管壊死が起こる可能性があります。

長期的な合併症リスク因子
腸管の線維化虚血が持続することで生じる
腸管の狭窄虚血が持続することで生じる
腸管の壊死重度の虚血により起こる

治療費について

治療費についての留意点

実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。

腹部アンギナの治療費は症状や病状に応じて異なりますが、一般的に高額になる傾向があります。

治療費の目安

項目費用
血管造影検査10万円〜20万円
CT検査2万円〜5万円
血管内治療100万円〜300万円
バイパス手術200万円〜500万円

高額療養費制度の利用

腹部アンギナの治療費が高額になった場合、高額療養費制度を利用することで、月々の医療費の自己負担額を一定の上限額に抑えられます。

所得区分自己負担限度額
低所得者35,400円
一般80,100円〜252,600円
高所得者150,000円〜252,600円

以上

References

BERMAN, Leon G.; RUSSO, Francis R. Abdominal angina. New England Journal of Medicine, 1950, 242.16: 611-613.

MAHAJAN, Kunal; OSUENI, Azeberoje; HASEEB, Muhammad. Abdominal Angina. 2017.

SREENARASIMHAIAH, Jayaprakash. Chronic mesenteric ischemia. Best Practice & Research Clinical Gastroenterology, 2005, 19.2: 283-295.

MOAWAD, John; GEWERTZ, Bruce L. Chronic mesenteric ischemia: clinical presentation and diagnosis. Surgical Clinics, 1997, 77.2: 357-369.

HERBERT, Garth S.; STEELE, Scott R. Acute and chronic mesenteric ischemia. Surgical Clinics of North America, 2007, 87.5: 1115-1134.

HOHENWALTER, Eric J. Chronic mesenteric ischemia: diagnosis and treatment. In: Seminars in interventional radiology. © Thieme Medical Publishers, 2009. p. 345-351.

PECORARO, Felice, et al. Chronic mesenteric ischemia: critical review and guidelines for management. Annals of vascular surgery, 2013, 27.1: 113-122.

SILVA, Jose A., et al. Endovascular therapy for chronic mesenteric ischemia. Journal of the American College of Cardiology, 2006, 47.5: 944-950.

WHITE, Christopher J. Chronic mesenteric ischemia: diagnosis and management. Progress in cardiovascular diseases, 2011, 54.1: 36-40.

免責事項

当記事は、医療や介護に関する情報提供を目的としており、当院への来院を勧誘するものではございません。従って、治療や介護の判断等は、ご自身の責任において行われますようお願いいたします。

当記事に掲載されている医療や介護の情報は、権威ある文献(Pubmed等に掲載されている論文)や各種ガイドラインに掲載されている情報を参考に執筆しておりますが、デメリットやリスク、不確定な要因を含んでおります。

医療情報・資料の掲載には注意を払っておりますが、掲載した情報に誤りがあった場合や、第三者によるデータの改ざんなどがあった場合、さらにデータの伝送などによって障害が生じた場合に関しまして、当院は一切責任を負うものではございませんのでご了承ください。

掲載されている、医療や介護の情報は、日付が付されたものの内容は、それぞれ当該日付現在(又は、当該書面に明記された時点)の情報であり、本日現在の情報ではございません。情報の内容にその後の変動があっても、当院は、随時変更・更新することをお約束いたしておりませんのでご留意ください。