トリプレットリピート病 – 脳・神経疾患

トリプレットリピート病(trinucleotide repeat disorders)とは、遺伝子中の特定の領域において3つの塩基配列が異常に繰り返し増加することで発症する遺伝性の神経疾患群です。

遺伝情報を担うDNAでは、通常は決まった回数だけ繰り返される塩基配列がありますが、この病気では「CAG」や「CGG」などの3つの塩基からなる配列が異常に増加することによって、細胞内で重要な役割を果たすタンパク質の機能が損なわれます。

代表的な疾患としてハンチントン病や脊髄小脳変性症、筋強直性ジストロフィーなどが知られており、現在までに20種類以上の疾患がトリプレットリピート病に分類されています。

この記事を書いた人
丸岡 悠(まるおか ゆう)
丸岡 悠(まるおか ゆう)
外科医

1988年山形県酒田市生まれ。酒田南高校卒業後、獨協医科大学(栃木)にて医師免許取得。沖縄県立北部病院、独立行政法人日本海総合病院を経て現職(医療法人丸岡医院)。

トリプレットリピート病の種類(病型)

トリプレットリピート病は、ポリグルタミン病と非ポリグルタミン性のトリプレットリピート病に大別されます。

遺伝子変異のメカニズムと病型分類

トリプレットリピート病における遺伝子変異は、DNAを構成する3つの塩基配列が異常に繰り返される状態を特徴としており、繰り返し配列の長さによって発症年齢や重症度が変化します。

遺伝子変異の特徴として、非分裂期の細胞においても繰り返し配列の伸長が進行することから、加齢とともに症状が進行します。

繰り返し配列の不安定性は世代を超えて拡大するため、次世代ではより早期に発症する可能性が高まるのでが注意が必要です。

ポリグルタミン病の分子遺伝学的特徴

ポリグルタミン病は、CAGリピートの異常伸長により、タンパク質中にグルタミンが連続して配列される病態です。

疾患名遺伝子座正常リピート数異常リピート数
ハンチントン病4p16.36-3536以上
脊髄小脳失調症1型6p236-4439以上
歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮症12p13.317-3449以上

このグループに属する疾患は、CAGリピート数と発症年齢との間に強い相関関係が認められます。

非ポリグルタミン性トリプレットリピート病

非ポリグルタミン性トリプレットリピート病では、様々な3塩基配列の異常伸長が発症の原因です。

代表的な非ポリグルタミン性トリプレットリピート病

  • 脆弱X症候群(CGGリピート) 遺伝子のプロモーター領域における異常伸長
  • 筋緊張性ジストロフィー(CTGリピート) 遺伝子の非翻訳領域における異常伸長
  • フリードライヒ失調症(GAAリピート) 遺伝子のイントロン領域における異常伸長
  • 脊髄小脳失調症8型(CTGリピート) 非翻訳領域における異常伸長
  • 脊髄小脳失調症12型(CAGリピート) 非翻訳領域における異常伸長

トリプレットリピート病の主な症状

トリプレットリピート病では、神経系全体に渡る機能変化により、運動障害、感覚異常、自律神経症状などの神経症状が現れます。

神経症状の特徴

神経細胞の機能異常により、手足の微細な震えや不随意運動といった特徴的な運動症状が初期から見られることが多く、症状は時間経過とともに全身へと広がっていきます。

特に手指の巧緻性を必要とする細かな作業において、早期から協調運動の障害が見られることは診断における重要な手がかりです。

骨格筋の緊張が過度に亢進する痙性や、進行性の筋力低下をもたらす筋萎縮、腱反射の過剰な亢進や病的反射の出現など、神経学的な異常所見を認めることもあります。

歩行機能と姿勢制御の変化

機能障害の種類症状と特徴随伴する問題
歩行障害歩幅の不均一、方向転換の困難さ移動の制限、疲労感の増大
姿勢保持重心動揺の増大、立位安定性の低下バランス障害、転倒リスク
運動調節動作の緩慢化、円滑性の喪失活動効率の低下、疲労

歩行時のバランスコントロールの乱れは、小脳を含む運動調節系の機能障害によって起こり、変化は初期段階から微細な形で現れ、病状の進行に伴って徐々に顕在化し、複雑な動作や急な方向転換時に明確に観察されます。

また、姿勢制御機能の低下により、暗所での移動や段差の昇降時において不安定性があり、転倒リスクが高まるので注意が必要です。

構音・嚥下機能の変化

構音器官の協調運動の障害により、発話の明瞭度が低下したり声量や音声の抑揚のコントロールが困難になり、嚥下機能の低下も起こります。

  • 構音障害による発話の不明瞭化
  • 声量調節の困難さと疲労性の増大
  • 嚥下反射のタイミングの遅延
  • 口腔内での食塊形成・移送の問題
  • 誤嚥リスクの段階的な上昇
  • 食事時間の延長と疲労

感覚系および自律神経系の症状

神経系の領域主な症状
体性感覚四肢のしびれ、異常感覚
深部感覚位置覚・振動覚の低下
自律神経体温調節異常、循環器症状

感覚神経系の機能障害により、手足の末端から始まるしびれ感や異常感覚、温度感覚が鈍くなるなどの症状が起こり、症状は徐々に体幹部へと広がっていきます。

深部感覚の障害は視覚情報が制限されるときに、姿勢保持や運動の制御を困難にすることがあり、夜間や暗所での動作に注意が必要です。

自律神経系の調節機能にも様々な変化が生じ、体温調節の不具合や循環器系の変動、膀胱機能の影響などが見られます。

トリプレットリピート病の原因

トリプレットリピート病は、DNAを構成する3つの塩基配列が異常に繰り返し伸長することによって発症します。

遺伝子変異の基本メカニズム

トリプレットリピート病における遺伝子変異の特徴は、通常の遺伝子変異とは異なり、3つの塩基からなる配列が徐々に伸長していく点です。

この3塩基配列の繰り返し数は、正常な状態では安定した範囲内に収まっているのですが、何らかの要因で繰り返し配列が不安定になると、世代を重ねるごとに伸長していきます。

遺伝子変異の種類分子メカニズムの特徴
DNA複製エラー鋳型鎖とのミスマッチによる繰り返し配列の増加
修復機構の異常DNAミスマッチ修復システムの機能不全
転写障害繰り返し配列による転写装置の停止

世代間での遺伝子変異の特徴

トリプレットリピート病の遺伝子変異は、世代を超えて拡大します。

遺伝子変異拡大メカニズムについての特徴

  • 父親由来の遺伝子変異は比較的安定
  • 母親由来の遺伝子変異は不安定で、次世代でより大きな伸長を示す
  • 配列の伸長は妊娠中の卵細胞分裂時に起こりやすい
  • 伸長の程度は個々の症例によって大きく異なる
  • 先天性の症例では、より大きな繰り返し配列の伸長が認められる

分子生物学的なメカニズム

遺伝子変異による異常タンパク質の蓄積は、細胞内での様々な機能障害を起こします。

細胞内変化分子病態への影響
タンパク質凝集シャペロン機能の低下と小胞体ストレス
ミトコンドリア機能障害エネルギー代謝の破綻とアポトーシス誘導
カルシウムホメオスタシス異常神経伝達物質放出の障害

環境因子との相互作用

遺伝子変異の不安定性は、様々な環境要因によって影響を受ける可能性があることが示唆されています。

酸化ストレスや炎症反応などの細胞ストレスは、繰り返し配列の不安定性を増大させる重要な因子です。

DNA修復機構の効率は加齢とともに低下し、この現象が年齢依存性の発症パターンに関与しています。

診察(検査)と診断

トリプレットリピート病の診断では、問診と神経学的診察、各種検査データの総合的な分析、そして遺伝子検査による確認を行います。

問診と家族歴の重要性

初診時に、症状の発現時期や進行の様子について聞き取りを行い、特に家系内での類似症状の有無について確認することが大切です。

家族歴の聞き取りでは、三世代以上にわたる詳細な家系図を作成することで、遺伝性疾患に特徴的な伝達パターンを見い出せます。

問診項目確認内容
初発症状最初に気付いた変化や違和感
進行経過症状の変化や新たな症状の出現
家族歴血縁者の類似症状の有無と詳細

神経学的診察の実際

診察室での神経学的診察では、運動機能、感覚機能、反射機能など、様々な神経系の働きを確認していきます。

運動機能の評価では、歩行の様子や姿勢の安定性、手指の細かな動きなどを観察することで、神経系の障害部位や程度を推測することが可能です。

  • 筋力テスト(徒手筋力検査)
  • 協調運動の確認(指鼻試験、踵膝試験など)
  • 姿勢反射の評価
  • 歩行分析(10m歩行、継足歩行など)
  • 感覚機能検査(触覚、温痛覚、振動覚など)

画像診断による脳・脊髄の評価

MRIやCTなどの画像検査では、脳や脊髄の構造的な変化を詳細に観察できます。

画像検査観察対象となる変化
MRI検査脳萎縮、信号変化
CT検査石灰化、出血痕
SPECT血流変化、代謝異常

遺伝子解析による診断確定

遺伝子検査では、特定の遺伝子領域における三塩基配列の繰り返し回数を正確に測定することで、診断の確実性を高めます。

検査を実施する前には、遺伝カウンセリングを通じて検査の意義や結果が及ぼす影響について十分な説明を行うことが大切です。

トリプレットリピート病の治療法と処方薬、治療期間

トリプレットリピート病の治療には、神経伝達物質の調節を目的とした薬物療法を中心に、運動機能の維持を図るリハビリテーションを行います。

薬物療法

薬物療法では、ドーパミン作動薬やGABA作動薬などを用いて神経細胞間の情報伝達を調節し、治療期間は生涯に及びます。

薬剤分類主な作用機序
ドーパミン作動薬脳内ドーパミン量の調節による運動機能改善
GABA作動薬神経細胞の過剰興奮抑制による症状緩和
グルタミン酸受容体拮抗薬神経細胞死の抑制による進行抑止

リハビリテーションによる機能維持

理学療法では、関節可動域の維持や筋力低下の予防に重点を置いた運動プログラムを実施します。

作業療法では、日常生活動作の維持・改善を目指し、言語聴覚療法では、構音障害や嚥下機能の低下に対するアプローチを行います。

神経保護療法

神経細胞の変性を抑制する神経保護薬の投与は、病態の進行を遅らせる重要な治療法で、用いられるのはコエンザイムQ10、ビタミンEなどです。

神経保護薬治療目的
コエンザイムQ10ミトコンドリア機能改善
ビタミンE抗酸化作用による細胞保護
クレアチンエネルギー代謝の改善

トリプレットリピート病の治療における副作用やリスク

トリプレットリピート病に対する薬物療法や理学療法などの各種治療介入には、様々な副作用やリスクが伴います。

薬物療法における副作用

中枢神経系に作用する薬剤の使用に際しては、眠気や認知機能への影響、めまいなどの副作用があります。

薬剤の種類主な副作用
筋弛緩薬脱力感、めまい、嘔気
抗てんかん薬眠気、ふらつき、肝機能障害
抗不随意運動薬口渇、便秘、霧視

複数の薬剤を併用する際には、薬物相互作用による副作用が現れることに留意が必要です。

また、肝臓や腎臓の機能への影響は、投与量を調整することで副作用のリスクを軽減できます。

リハビリテーションに関連するリスク

  • 過度な運動負荷による筋疲労
  • 関節可動域訓練時の軟部組織損傷
  • バランス訓練中の転倒
  • 嚥下訓練時の誤嚥
  • 呼吸理学療法に伴う循環動態の変化

栄養管理における注意点

栄養素摂取に関するリスク
タンパク質窒素バランスの乱れ、腎負荷
電解質不均衡による心機能への影響
微量元素過不足による代謝異常

経口摂取が困難となった際の経管栄養では、投与速度や濃度の調整が必要となり、急激な変更は合併症を起こすことがあります。

水分出納のバランスが崩れやすいため、過剰な水分負荷や脱水に注意を払うことが大切です。

感染症への脆弱性

免疫機能の低下により、よく見られる感染症でも重症化しやすいため、呼吸器感染症や尿路感染症などの日和見感染に対する予防策の実施が重要です。

抗生物質の使用に際しては、耐性菌の出現や副作用のリスクについても考慮します。

また、口腔内や気道の衛生管理が不十分な場合、誤嚥性肺炎などの重篤な合併症を引き起こすことがあります。

治療費について

治療費についての留意点

実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。

遺伝子検査と画像診断の費用

診断には、MRIやCT検査や遺伝子検査を用います。

検査項目自己負担額(3割負担の場合)
遺伝子検査20,000円~30,000円
MRI検査12,000円~15,000円
CT検査8,000円~12,000円

投薬治療にかかる費用

主な治療薬の費用

  • 抗てんかん薬(28日分) 4,500円~6,000円
  • ドーパミン作動薬(28日分) 5,000円~8,000円
  • 神経保護薬(28日分) 3,000円~5,000円
  • 筋緊張改善薬(28日分) 4,000円~7,000円

リハビリテーション費用

リハビリ種別1回あたりの自己負担額
理学療法3,000円~4,500円
作業療法2,800円~4,000円
言語聴覚療法2,500円~3,500円

運動機能維持のためのリハビリテーションは週2~3回の頻度で、作業療法や言語聴覚療法は、状態に応じて実施回数を調整します。

以上

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