Huntington病(Huntington’s disease)とは、脳の特定の部位が徐々に障害を受けることで、不随意運動や認知機能の低下、精神症状などが現れる遺伝性の神経変性疾患です。
30歳から50歳の間に発症することが多く、症状は年齢とともにゆっくりと進行していきます。
初期症状は、足や体の不随意的な動き(舞踏運動)や、バランスを保つことが難しくなるなどの運動障害です。
また、物事を記憶することや判断力が低下するといった認知機能の変化も起こります。
Huntington病の主な症状
Huntington病の症状は、運動機能障害、認知機能低下、不随意運動です。
特徴的な運動症状
Huntington病における運動症状の中でも特に目立つものとして、全身に及ぶ不随意運動があげられます。
コレア(舞踏運動)と呼ばれる突発的かつ不規則な動きは、初期には手指や顔面の細かな動きとして始まり、次第に四肢全体へと広がっていきます。
この動きは意図せずに生じるため、意思で制御することが難しく、進行に伴って増悪することが多いです。
歩行時のバランス維持機能は徐々に低下し、姿勢制御にも影響を及ぼすようになります。
方向転換時や段差での躓きが増加し、転倒のリスクが高まることから、生活環境の整備と安全確保への配慮が必須です。
部位 | 主な運動症状 |
顔面 | 眼球運動異常、構音障害 |
体幹 | 姿勢保持困難、バランス障害 |
四肢 | コレア、筋強剛、反射異常 |
神経学的所見としては、眼球運動の円滑性が失われ、追従運動や衝動性眼球運動に異常が認められ、眼球の症状は早期から生じます。
また、発声発語器官の協調運動障害により、会話の明瞭度が低下していくことも特徴的な症状の一つです。
認知機能への影響
認知機能の変化は、運動症状が出る前から微細な形で見られることがあり、特に実行機能や注意力の低下として現れます。
初期には気付きにくい症状なので、神経心理学的検査による評価が診断の一助です。
記憶力や判断力への影響は、日常生活における様々な場面で顕在化し、複数の作業を同時に行う必要がある複雑な作業の遂行に支障をきたすようになります。
進行に伴う症状の変化
病期の進行に伴う変化
- 嚥下障害による誤嚥性肺炎のリスク上昇
- 体重減少と栄養状態の悪化
- 発語明瞭度の低下
- 自律神経症状の出現
病期 | 特徴的な症状の変化 |
初期 | 軽度の運動障害、微細な認知変化 |
中期 | コレアの増悪、歩行障害の顕在化 |
後期 | 寝たきり状態、嚥下・呼吸機能低下 |
神経学的診察では、深部腱反射検査や筋力評価などの一般的な診察に加えて、運動の評価が欠かせません。
随意運動時の円滑性や協調性、姿勢反射の評価は、症状の程度や進行状況を判断する上で有用な情報です。
Huntington病の原因
Huntington病は、4番染色体上にあるHTT遺伝子の異常によって起こる常染色体優性遺伝の神経変性疾患です。
遺伝子変異のメカニズム
HTT遺伝子内のCAGと呼ばれる塩基配列の異常な繰り返しが、Huntington病の直接的な原因です。
健常な方では、このCAG配列の繰り返し回数は35回以下ですが、Huntington病の患者さんでは36回以上に増加しています。
遺伝子変異によって作られるハンチンチンタンパク質は、本来の機能を果たすことができなくなり、脳内で異常に蓄積すことで神経細胞に障害を与えます。
CAG繰り返し回数 | 臨床的意義 |
26回以下 | 正常範囲内で、次世代への影響はない |
27-35回 | 中間域で、次世代で繰り返し回数が増える可能性 |
36-39回 | 病的変異であり、発症する確率が高い |
40回以上 | 確実に発症する範囲 |
遺伝形式と家族性
Huntington病の遺伝様式は常染色体優性遺伝です。
親のどちらかがHuntington病の原因となる遺伝子変異を持っている場合、子どもが変異を受け継ぐ確率は50%となります。
遺伝子検査では、HTT遺伝子のCAG繰り返し回数を正確に測定することで、発症の有無を予測することが可能です。
神経細胞への影響
変異したハンチンチンタンパク質は、以下のような経路で神経細胞に影響を与えます。
- ミトコンドリアの機能障害を起こし、細胞のエネルギー産生に支障をきたす
- タンパク質の分解システムに異常をもたらし、有害なタンパク質が蓄積
- 神経伝達物質の放出と再取り込みのバランスが崩れる
- 神経細胞間の情報伝達に必要なシナプスの機能が低下
- 細胞死を促進する物質の産生が増加
影響を受ける脳の部位 | 主な機能 |
線条体 | 運動の制御と学習に関与 |
大脳皮質 | 思考や判断、感情の制御を担う |
視床 | 感覚情報の中継と統合を行う |
小脳 | 運動の協調と平衡感覚を調整 |
遺伝子変異によって起こる神経細胞への影響は、大脳基底核の一部である線条体で顕著です。
線条体の神経細胞は、変異したハンチンチンタンパク質に対して特に脆弱であることが分かっています。
変異したハンチンチンタンパク質は、神経細胞内で異常な凝集体を形成し、細胞内の様々な機能を阻害することで、徐々に神経細胞の死滅を起こします。
神経細胞の障害は、最初は特定の部位に限局していますが、時間の経過とともに周囲の領域にも広がっていきます。
診察(検査)と診断
Huntington病の診断では、問診と神経学的診察を基本としながら、画像検査や遺伝子検査による所見を組み合わせます。
診察手順
診察では、まず詳細な家族歴の聞き取りから始まり、親族における似た症状の有無や発症年齢などについて、できるだけ正確な情報を収集することで、遺伝性疾患としての特徴を明らかにしていくことが大切です。
問診で患者さんの症状がいつ頃からどのように始まり、どのような経過をたどってきたのかを確認していきます。
診察項目 | 確認内容 |
問診 | 家族歴、発症時期、初発症状 |
神経学的診察 | 筋力、反射、協調運動 |
全身所見 | 体重変化、摂食状態 |
神経学的診察においては、不随意運動の有無や協調運動の状態を観察します。
また、姿勢反射や歩行状態なども含めた総合的な運動機能の確認を行うことで、神経学的な異常の程度や分布を正確に把握することが目的です。
画像診断
画像診断では頭部MRI検査を中心に進めていき、T1強調画像とT2強調画像を基本として、必要に応じて特殊なシークエンスも追加しながら、脳の構造的変化を調べます。
特に、大脳基底核における萎縮の程度や分布パターンは、診断において有用な情報です。
MRI画像では経時的な変化にも注目しながら所見を確認していきます。また、脳の容積測定など、定量的な評価を加えることで、より客観的な判断が可能です。
SPECT検査やPET検査などの画像検査も、疾患に特異的な脳血流や代謝の変化を捉えることができるため、補助的な検査として実施することがあります。
遺伝子検査
遺伝子検査を実施する際には、以下の準備が必要です。
- 十分な遺伝カウンセリングの実施
- 検査の意義と限界の説明
- 家族への影響についての話し合い
- 心理的サポート体制の確保
遺伝子検査 | 実施上の留意点 |
発症前診断 | 慎重な心理評価、支援体制構築 |
確定診断 | 十分な説明と同意取得 |
遺伝子検査の実施にあたっては、検査前後の十分なカウンセリングが不可欠です。
神経心理検査では、注意力や記憶力、実行機能などの認知機能について調べていき、検査結果は、客観的な指標として診断の補助となるだけでなく、今後の経過観察においても重要な基準です。
Huntington病の治療法と処方薬、治療期間
Huntington病の治療では、患者さんの状態に応じて複数の薬剤を組み合わせながら、継続的な投薬を行います。
運動機能改善のための薬物療法
運動症状の改善を目的とした薬物療法では、抗コリン薬と抗ドーパミン薬を中心として使用します。
抗コリン薬と抗ドーパミン薬は、脳内の神経伝達物質のバランスを整えることで、不随意運動の軽減や筋緊張の調整が可能です。
薬剤名 | 主たる作用 |
テトラベナジン | 不随意運動の抑制 |
ハロペリドール | 運動過多の制御 |
アマンタジン | 筋強剛の改善 |
テトラベナジンは、モノアミン小胞輸送体2型に作用することで、脳内のドーパミン量を調整し、不随意運動を抑制します。
ハロペリドールは、定型抗精神病薬に分類される薬剤で、ドーパミンD2受容体の遮断作用により、過剰な運動を抑制する効果を発揮します。
神経保護薬による治療
神経細胞の保護と変性の抑制を目指して、次のような薬剤を使用していきます。
- コエンザイムQ10製剤による抗酸化作用
- ビタミンE製剤による神経保護効果
- クレアチン製剤による神経細胞保護
- オメガ3系脂肪酸による神経膜安定化
コエンザイムQ10は、ミトコンドリアにおけるエネルギー産生に重要な補酵素で、抗酸化作用により神経細胞を保護する働きがあります。
ビタミンE製剤は、フリーラジカルの除去作用を持つ脂溶性ビタミンで、神経細胞膜の酸化を防きます。
他の抗酸化物質と併用することで、より効果的な神経保護作用が得ることが可能です。
運動機能維持のための併用療法
治療法 | 実施内容 |
理学療法 | 関節可動域訓練、筋力維持 |
作業療法 | 日常動作訓練、巧緻運動 |
言語療法 | 構音訓練、嚥下機能維持 |
理学療法では、関節の可動域を維持しながら、筋力低下を予防することが目標です。
バランス機能や歩行能力の維持に重点を置いた訓練プログラムを実施し、運動強度は、患者さん状態に合わせて設定していきます。
作業療法では、日常生活動作の維持・改善を目指した訓練を行い、手指の巧緻性を保つための訓練や、道具の使用訓練なども含めます。
言語療法では、発声・構音機能の維持とともに、嚥下機能の維持・改善にも焦点を当てることが大切です。
Huntington病の治療における副作用やリスク
Huntington病の治療において使用される薬剤では、それぞれの特性や投与量に応じていろいろな副作用があります。
運動抑制薬の副作用
神経伝達物質に作用する薬剤、抗コリン薬や抗ドーパミン薬は、中枢神経系に強く作用するため、投与開始時から慎重な観察が必要です。
薬剤分類 | 主な副作用 |
抗コリン薬 | 口渇、便秘、排尿障害 |
抗ドパミン薬 | 嘔気、食欲低下、傾眠 |
筋弛緩薬 | めまい、ふらつき、倦怠感 |
抗コリン薬による副作用は、自律神経系への作用によって起こることが多く、特に高齢者において顕著に現れます。
また、抗ドパミン薬では消化器系への影響が強く生じることがあり、食事摂取量への影響もあります。
代謝系への影響
薬剤投与は代謝系にも影響を及ぼします。
- 肝機能への負担増加
- 腎臓への排泄負荷
- 電解質バランスの変動
- 血糖値への影響
中枢神経系に作用する薬剤の多くは肝臓で代謝されるため、肝機能への負担が避けられません。
そのため、定期的な肝機能検査を実施し、早期に異常を発見することが大切です。
腎臓における薬物の排泄過程でも様々な負荷がかかるため、腎機能の定期的なモニタリングも欠かせません。
高齢者や腎機能が低下している患者さんでは、投与量の調整が必要となるケースも多くあります。
相互作用と併用薬のリスク
複数の薬剤を同時に使用する際には、それぞれの薬剤間での相互作用について考慮します。
同じ代謝経路を持つ薬剤の組み合わせでは、副作用が現れる危険性が高まるので注意が必要です。
相互作用 | リスク要因 |
薬物代謝 | 代謝酵素の競合、阻害 |
吸収過程 | 胃内pHの変化、吸収率低下 |
排泄経路 | 腎負荷の増加、蓄積 |
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
薬剤費用の内訳
Huntington病の治療は、抗コリン薬や抗ドパミン薬などの中枢神経系に作用する薬剤が中心です。
薬剤分類 | 月額概算(3割負担) |
テトラベナジン | 15,000円 |
ハロペリドール | 8,000円 |
アマンタジン | 6,000円 |
リハビリテーション費用
理学療法や作業療法、言語療法などのリハビリテーションを組み合わせて実施します。
リハビリ内容 | 1回あたり(3割負担) |
理学療法 | 4,800円 |
作業療法 | 4,800円 |
言語療法 | 4,800円 |
その他の医療費
神経保護を目的とした補助的な治療薬
- コエンザイムQ10製剤 月額6,000円
- ビタミンE製剤 月額2,000円
- クレアチン製剤 月額3,000円
- オメガ3系脂肪酸製剤 月額4,000円
さらに、定期的なMRI検査や血液検査なども必要となってきます。
検査項目 | 費用(自己負担額) |
血液検査 | 2,000〜4,000円 |
頭部MRI | 8,000〜15,000円 |
頭部CT | 5,000〜10,000円 |
遺伝子検査 | 20,000〜30,000円 |
以上
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