胃潰瘍(Gastric ulcer)とは、胃の内側を保護している粘膜が傷つき、深い潰れ(ただれ)ができてしまう病気です。
みぞおちの痛みや胸焼け、吐き気などの症状が代表的で、食事の前後や空腹時に悪化することが特徴となります。
原因は様々ですが、日常生活におけるストレス、不規則な食習慣、特定の薬剤(非ステロイド性抗炎症薬など)の継続的な使用などが関連します。
また、ピロリ菌と呼ばれる細菌の感染も要因の一つです。
胃潰瘍の種類(病型)
胃潰瘍は、内視鏡検査により活動期、治癒過程期、瘢痕期(はんこんき)の3つのステージに分類されます。
病型 | 主な特徴 | 治療方針 |
活動期 | 明確な粘膜欠損、出血リスク高い | 積極的治療と厳重管理 |
治癒過程期 | 再生上皮出現、炎症軽減 | 治療継続と生活指導 |
瘢痕期 | 白色瘢痕形成、集中褶襞 | 再発予防と定期観察 |
活動期
活動期の胃潰瘍は、最も急性で活発な段階であり、胃の粘膜に明確な欠損が見られます。
内視鏡検査では、潰瘍底に白苔(潰瘍表面を覆う白色の膜状物質)や凝血塊が付着していることが多く、周囲の粘膜は発赤や浮腫を伴います。
この時期の潰瘍は出血のリスクが高く、慎重な管理が必要です。
活動期の特徴 | 内視鏡所見 |
粘膜欠損 | 明確 |
白苔・凝血塊 | 付着 |
周囲粘膜 | 発赤・浮腫 |
出血リスク | 高い |
治癒過程期:回復に向かう段階
治癒過程期は、潰瘍が徐々に回復していく段階であり、潰瘍底に再生上皮(さいせいじょうひ:新しく形成される表面組織)が見られ始め、周囲の炎症も軽減します。
内視鏡検査では潰瘍の辺縁が平滑になり、潰瘍底の白苔も減少していく様子が見られます。
ただし、この段階ではまだ完全な治癒には至っておらず、治療の継続が重要です。
治癒過程期の潰瘍管理のポイント
- 定期的な内視鏡検査による経過観察が必要
- 薬物療法を継続する
- 食事や生活習慣の改善を行う
- ストレスを管理する
瘢痕期:治癒完了の段階
瘢痕期は、潰瘍が完全に治癒した状態を指します。
潰瘍があった部位に白色の瘢痕組織が形成され、内視鏡検査では粘膜の褶襞(しゅうへき:胃の内側にある襞状の構造)が瘢痕に向かって集中する「集中褶襞」が特徴的です。
瘢痕期に達した潰瘍は再発のリスクは低下しますが、完全にゼロになるわけではないため、継続的な経過観察が推奨されます。
胃潰瘍の主な症状
胃潰瘍の症状は、上腹部の痛みや不快感を主とし、食事との関連や出血による様々な兆候を伴います。
上腹部の痛みと不快感
胃潰瘍の最も一般的な症状は、上腹部(みぞおちや胃の辺り)の痛みや不快感です。
鈍い痛みからひりひりするような痛み、さらには鋭い痛みまで様々な形で現れます。
食事の前後や空腹時に悪化することが多く、制酸薬(胃酸を中和する薬)を服用すると一時的に和らぐ傾向がありますが、症状の程度や持続時間は個人によって大きく異なります。
痛みの種類 | 特徴 | 表現例 |
鈍痛 | じわじわと続く痛み | 「お腹の中が重い感じ」 |
ひりひり感 | 焼けるような不快感 | 「胃の中が熱い」 |
鋭痛 | 突き刺すような激しい痛み | 「胃を針で刺されるよう」 |
出血に関連する症状
胃潰瘍が進行すると、出血を伴うこともあります。
出血が生じた場合の症状
- 黒色のタール状の便(メレナ(消化管出血の兆候)と呼ばれます)
- 貧血による疲労感や息切れ
- めまいや立ちくらみ
- 吐血
特に、黒色便や吐血は緊急性の高い症状であり、速やかな医療機関の受診が必要です。
出血の兆候 | 対応 | 考えられるリスク |
黒色便 | 速やかに受診 | 重度の貧血 |
吐血 | 緊急受診 | ショック状態 |
貧血症状 | 早めに相談 | 慢性的な体力低下 |
その他の関連症状
上記の主要な症状以外にも、食欲不振や体重減少、吐き気、おなかの膨満感などが起こる場合もあります。
関連症状 | 考えられる原因 |
食欲不振 | 胃の機能低下 |
体重減少 | 栄養摂取不足 |
吐き気 | 胃の炎症 |
膨満感 | 消化機能の低下 |
このような症状は胃潰瘍特有というわけではなく、他の消化器疾患でも見られることがあります。
そのため、自己判断は避け、症状が持続する場合は専門医による診断を受けるようにしてください。
胃潰瘍の原因
胃潰瘍の主な原因は、ヘリコバクター・ピロリ菌(胃に生息する細菌)の感染と、非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)の継続的な使用によるものです。
そのほか、ストレスや生活習慣などが原因となる場合もあります。
ヘリコバクター・ピロリ菌による影響
ヘリコバクター・ピロリ菌は、胃粘膜に定着して炎症を起こす細菌です。
感染者の大多数は無症状で経過しますが、一部の方々では胃潰瘍や十二指腸潰瘍といった消化器疾患を発症することがあります。
ヘリコバクター・ピロリ菌の影響 | 胃粘膜への作用 |
持続的な炎症の惹起 | 保護的な粘液層の破壊 |
胃酸分泌の異常亢進 | 上皮細胞の直接的な損傷 |
過剰な免疫反応の誘発 | 粘膜組織の変性と再生能力の低下 |
粘膜血流の低下 | 防御機能を担う細胞の機能障害 |
薬物による胃粘膜障害
非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)やアスピリンを長期にわたって服用すると、胃粘膜の防御機能が著しく低下することがあります。
NSAIDsやアスピリンなどの薬剤は、胃粘膜の保護に重要な役割を果たすプロスタグランジンの合成を阻害し、胃粘膜の血流を減少させるとともに、粘液や重炭酸塩の分泌を抑制する作用があります。
その結果として、胃酸に対する粘膜の防御力が弱まり、潰瘍が形成されやすい環境が整ってしまうのです。
ストレス・生活習慣
日常生活における精神的ストレスや不規則な食生活は、胃潰瘍の発症リスクを高める要因となります。
そのほか、不規則な食生活や過度の飲酒、習慣的な喫煙などは、胃粘膜を直接的に刺激し、防御機能を低下させます。
生活習慣要因 | 胃潰瘍への具体的な影響 |
不規則な食生活 | 胃酸分泌のバランスが崩れ、粘膜を傷つける |
過度のアルコール摂取 | 粘膜の直接的な損傷と炎症を引き起こす |
習慣的な喫煙 | 血流低下と粘液分泌の減少を招く |
慢性的なストレス状態 | 胃酸分泌の増加と粘膜防御機能の低下 |
睡眠不足や不規則な睡眠 | 自律神経系の乱れによる胃機能の低下 |
その他の胃潰瘍発症に関与する要因
- 遺伝的素因(家族歴や特定の遺伝子多型)
- 自己免疫疾患(特に胃に関連する自己抗体の存在)
- 放射線療法(腹部への放射線照射後)
- 重度の外傷や大手術後の合併症
- 特定のウイルス感染(サイトメガロウイルスなど)
診察(検査)と診断
胃潰瘍の診察では、内視鏡検査による直接観察や組織検査、ピロリ菌検査などを実施します。
初期診察
問診では、症状や既往歴、家族歴、生活習慣などを確認し、胃潰瘍の可能性を判断します。
特に上腹部痛や胸やけなどの典型的な症状の有無、その持続期間や程度に注目し、ストレスや食生活、薬物使用歴などの環境因子も確認していきます。
身体診察のポイント
身体診察では上腹部の触診を行い、圧痛の有無や程度を確認します。
また、貧血の兆候がないかを調べるため、眼瞼結膜や皮膚の色調も診ていきます。
全身状態の評価としては、体重変化や栄養状態、脱水の有無なども重要なポイントです。
診察項目 | 確認ポイント | 意義 |
上腹部触診 | 圧痛の有無、程度 | 潰瘍の位置や重症度の推定 |
眼瞼結膜 | 貧血の兆候 | 慢性出血の可能性評価 |
皮膚色調 | 貧血の兆候 | 全身状態の把握 |
体重変化 | 急激な減少 | 消化機能障害の示唆 |
血液検査・便潜血検査
血液検査では、貧血の有無や炎症反応を確認します。
また、ヘリコバクター・ピロリ菌(胃潰瘍の主要な原因菌)の感染を調べる抗体検査も実施します。
便潜血検査は消化管からの出血の有無を確認する検査となり、潰瘍からの出血の可能性を評価します。
検査項目 | 目的 | 結果の解釈 |
血液検査 | 貧血、炎症反応、H.ピロリ抗体 | 全身状態、感染の有無の評価 |
便潜血検査 | 消化管出血の確認 | 潰瘍からの出血の可能性評価 |
血清ガストリン値 | 胃酸分泌状態の確認 | 過剰分泌による潰瘍形成の可能性評価 |
内視鏡検査による確定診断
上部消化管内視鏡検査により胃粘膜の状態を観察し、潰瘍の有無、大きさ、深さ、位置などを評価していきます。
また、内視鏡検査中に組織生検を行い、悪性腫瘍との鑑別やH.ピロリ菌の存在を確認することもあります。
画像検査
画像検査 | 主な目的 |
上部消化管造影 | 胃の形態・機能評価 |
超音波検査 | 周囲臓器の状態確認 |
CT検査 | 合併症の有無確認 |
MRI検査 | 軟部組織の詳細評価 |
胃潰瘍の治療法と処方薬、治療期間
胃潰瘍の治療では、まず原因を特定し、取り除くことが重要です。
多くのケースでは、ヘリコバクター・ピロリ菌(胃の粘膜に感染する細菌)の除菌と胃酸分泌の抑制が治療の中心となります。
薬物療法
主に以下の薬剤を使用し、潰瘍の早期治癒を目指します。
薬剤の種類 | 主な作用 | 代表的な薬剤名 |
プロトンポンプ阻害薬 | 胃酸分泌を強力に抑制 | オメプラゾール、ランソプラゾール |
H2受容体拮抗薬 | 胃酸分泌を抑制 | ファモチジン、ラニチジン |
粘膜保護剤 | 胃粘膜を保護し、修復を促進 | スクラルファート、テプレノン |
ヘリコバクター・ピロリ菌が原因と判明した場合は、抗生物質を用いた除菌療法も併せて実施します。
標準的な除菌療法では、プロトンポンプ阻害薬と2種類の抗生物質を1週間服用するのが一般的です。
治療期間・経過観察
胃潰瘍の治療期間は通常4〜8週間程度ですが、状態や潰瘍の大きさ、深さによって個人差があります。
治療開始後2〜4週間で症状の改善が見られることが多いものの、完全な治癒にはもう少し時間がかかります。
治療段階 | 期間 | 主な目標 | 主な処置 |
初期治療 | 2〜4週間 | 症状の緩和、潰瘍の縮小 | 薬物療法の開始、生活指導 |
中期治療 | 4〜6週間 | 潰瘍の著明な改善 | 薬物療法の継続、経過観察 |
後期治療 | 6〜8週間 | 潰瘍の完全治癒 | 治療効果の確認、再発予防指導 |
生活習慣の改善・再発予防
薬物治療と並行し、生活習慣の改善も行っていきます。
- アルコールや刺激物(辛い食べ物、酸っぱい食べ物など)の摂取を控える
- 規則正しい食生活を心がけ、過食を避ける
- ストレス管理を行い、リラックスする時間を確保する
- 十分な睡眠をとり、身体の回復を促す
- 禁煙を心がける(喫煙者の場合)
生活習慣の改善により治療効果を高めるとともに、再発のリスクの軽減が期待できます。
胃潰瘍の治療における副作用やリスク
胃潰瘍の治療で実施するピロリ菌除菌や薬物療法では、下痢や吐き気などの消化器症状、頭痛や発疹などのアレルギー反応が起こる可能性があります。
また、まれに肝機能障害などの重篤な副作用が起こることも報告されています。
薬物療法に伴う副作用
プロトンポンプ阻害薬(PPI)や H2受容体拮抗薬などの制酸薬は、長期使用に伴う副作用に気をつける必要があります。
PPIの長期使用では、骨密度の低下やビタミンB12の吸収障害が起こる可能性があるほか、腸内細菌叢の変化により、腸管感染症のリスクが高まることもあります。
薬剤 | 主な副作用 | 注意点 |
PPI | 骨密度低下、ビタミンB12吸収障害 | 定期的な検査が必要 |
H2受容体拮抗薬 | 頭痛、便秘、高齢者での錯乱 | 高齢者は特に注意 |
ヘリコバクター・ピロリ菌除菌療法のリスク
胃潰瘍の原因となるヘリコバクター・ピロリ菌の除菌療法では、抗生物質の使用により、下痢や腹痛、吐き気などの消化器症状が現れることがあります。
また、抗生物質により腸内細菌叢が乱れると、カンジダ症などの真菌感染症のリスクが上昇します。
内視鏡検査・治療に関連するリスク
内視鏡検査中の出血や穿孔(せんこう:臓器に穴が開くこと)は、頻度は低いものの重大な合併症となります。
特に、高齢者や抗凝固薬(血液を固まりにくくする薬)を服用している場合は注意が必要です。
リスク | 発生頻度 | 対象患者 |
出血 | 低 | 高齢者、抗凝固薬服用者 |
穿孔 | 非常に低 | 全患者 |
鎮静剤の影響 | 中 | 全患者、特に高齢者 |
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
胃潰瘍の治療費は、診断から治療、経過観察まで幅広い項目を含みます。一般的な治療費の内訳は以下の通りです。
項目 | 概算費用 |
内視鏡検査 | 15,000円〜30,000円 |
薬物療法(1ヶ月) | 5,000円〜15,000円 |
入院費(1日) | 20,000円〜40,000円 |
手術(重症の場合) | 500,000円〜1,000,000円 |
※保険適用前の金額であり、実際の自己負担額は保険制度によって軽減されます。
外来治療の費用
- 薬物療法:1ヶ月あたり5,000円から15,000円程度
- 定期的な内視鏡検査:1回あたり15,000円から30,000円
入院治療の費用
重症の胃潰瘍や合併症がある場合、入院治療が必要です。
入院費用は医療機関や病室によって異なりますが、一般的に1日あたり20,000円から40,000円程度が目安です。
入院期間は通常1〜2週間ですが、症状によっては長期化します。
手術が必要な場合の費用
出血や穿孔などの合併症が発生した際は、外科的処置が必要です。
胃潰瘍の手術費用は、術式や施設によって大きく異なりますが、おおよそ500,000円から1,000,000円の範囲です。
胃潰瘍の治療に関連する追加費用
- 血液検査(3,000円〜8,000円)
- レントゲン検査(5,000円〜10,000円)
- CT検査(15,000円〜30,000円)
- 生検(組織検査)(10,000円〜20,000円)
以上
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